カルテ430 幸運のカルフィーナ・オーブの災難(前編) その21
「姉さん、お待たせ! 相変わらずすごく迫力あるわね、その格好」
「遅かったじゃないのエリザス……あら、着替えてきたの?」
自分の人間形態時と同じ黒いローブをまとったエリザスが駆けてきたため、エミレースは巨大なかんばせに怪訝そうな表情を浮かべた。
「だっていくら曇り空でも、乗り降りの時は地上と接するわけだし、誰かに見られたら大変でしょ? だから多少なりとも夜空に溶け込める格好にしたのよ」
「なるほど、あなたなりにいろいろと考えているのですね。さっきは試すような真似をしてごめんなさいね」
突如銀竜状態の姉がこちらに頭を下げてきたので、あまりのど迫力にエリザスは面食らった。
「い、いいのよ姉さん。でも、どうしてそんなことを?」
「いざとなれば荷物ぐらい一人で何とかなると思ったし、あなたが本当について来たいのか、ちょっと疑問に思っていたのです。後、私もいつまで元気か分かりませんし、あなたが私の後継者に相応しいか、確認したかったからです」
「げ、元気って……どこか具合でも悪いの、姉さん?」
心配そうに見上げる愛する妹に対し、巨人のごとき大きさの姉は、「まぁ、考え過ぎかもしれませんけど。そういえば医者の不養生ってことわざがホンダ先生側の世界にはあるそうですけど、笑えませんね……」と話を濁した。
「んもう、誤魔化さないでよ、姉さんったら! でも、最強の魔獣がそう簡単にくたばるとは思えないけど……」
「まあ、私の思い過ごしなら良いんですが……では、そろそろ参りますよ。ちゃんと背中に乗れますか?」
「まーかせて!」
エリザスは腕まくりすると竜の鱗を足場にして、石垣でもよじ登るようにヒョイヒョイと上へと進み、銀髪の生い茂る部分を搭乗席と決定した。背後で何か動いたような気がしたが、気が急いていたためか、あまり気にも止めなかった。
「中々上手ですね……しかしあなた、結構重いんですね。飛べるかどうか心配になってきました」
「ちょっと、失礼なこと言わないでよ! 姉さんこそ運動不足で身体なまってるんじゃないの?」
「まあ、否定はしませんけどね。とにかく行きますよ。しっかり捕まっていなさい!」
「うわあああああああああーっ!」
突如銀竜が天を仰いだかと思うとほぼ垂直に空に向かって飛び立ったため、エリザスは必死でしがみつきながら、ひたすら絶叫した。




