カルテ426 幸運のカルフィーナ・オーブの災難(前編) その17
「とまあそんなわけで、世の中にわかには信じられないようなビックリドッキリ人間ばっかなんですが、それとは対照的に歴史のどんな時代でもその時々の常識を超えた理性の持ち主たる名医が存在したんですよ。そういう医師たちは怪しげな処置ではなく、ちゃんとした科学的かつ現実的な根拠に基づいた治療を行い、当時だったら絶対助からなかったであろう患者を死の淵から救ってきました。ひょっとしたら異世界からの転生者だった可能性もなきにしもあらず……って言ってもわかりませんよね。こりゃまた失敬失敬」
なんとか自信を取り戻したマッドドクターは飽きることなく未だにさっきの話題を継続していた。さすがのセレネースも突っ込むのも嫌になったのか、感情のこもらない瞳でどこか遠くを見つめている。だがそれに反してエリザスの方はといえば、無様にエグエグしながらも、彼の奇妙な語り口と内容の突飛さに、徐々に心が引き摺り込まれていた。
「さて、くだんのナイフを超える超危険物の中に、ガラスがあります……そちらではビドロっていうそうですが、あろう事か、なんとそのガラス製のコップを噛み砕いて飲み込んでしまった大馬鹿野郎がいました。250年程前のフランスっていうオシャレな国の若者ですが、やっぱり酒盛りの途中の出来事なんで、どうせさっきのような、『俺にもガラス飲みくらいできらあ! 酒場中のグラス全部持ってこーい!』って感じの発端だったんでしょうね。で、当然の結果ですが彼は激しい胸焼けに襲われ、友達が慌てて医者を呼びに行く羽目になりました」
「……」
エリザスは酒盛りと聞いて逃げるように更に深くベッドに身体を沈めようと努めたが不可能だった。
「ただし、非常に運の良いことに颯爽と駆けつけてくれたアントワーヌ・ポータル氏は当時のフランス国王陛下ことルイ18世専任の医師でした。友情パワーに感謝感激ですね。しかしフランス王立医学院を創設した天下に名声轟くポタール医師も、この無理無茶無謀な三無主義の申し子のような血反吐を垂らすクソガキを前に頭痛を起こしそうになりました。何しろ薬で吐かせるのも下剤で排出するのも困難で、どっちの方法にしろ大出血を起こして死亡するのは間違いありませんからね。さすがの天才も頭を抱えましたが……どうしたと思います?」
そして本多は一旦口を紡ぐとマスク越しに悪魔的微笑を浮かべウインクした。




