カルテ420 幸運のカルフィーナ・オーブの災難(前編) その11
「でも、それじゃあ一体どうすれば……」
せっかくの名案を言下に否定され、内心しょげ返っていたエリザスだったが、さりとて次の新たなる手段は中々閃かなかった。
「いっそ全部吐かせてみるってのはどうだ? ちょっと傷つきはするとは思うけど、このまま何もせず出血がひどくなるのを待つよりはマシだろ? 出し切った後でエリザスのへ……じゃなくって例のアレで中をちょいちょいっと止血してやればいいし、嘔吐させる薬くらいここにあるんだろ?」
片目をつむったダイフェンが自信たっぷりに口を挟みながら食器棚の方を指差す。棚の上部にはビドロ製の大小様々な瓶が所狭しと並べられ、ここが何の施設かを雄弁に物語っていた。確かにそれが最短の治療ルートであり、すなわち最適解であるように一瞬誰もが思い、頷きかけた……一人を除いて。
「ダイフェンさんのおっしゃる通り、ここにはホンダ先生から譲って頂いたり薬草師から買い求めた薬がささやかながら貯蔵してありますし、もちろんなかに催吐剤もあります。しかしそれは使えません」
「ええっ、どうして!? 腐ってるのかよ!? それとも子供には飲めないくらい不味いのか!?」
エミレースの秋冷のごときにべもない返事に対しダイフェンは躍起になって抵抗する。
「そんなことはありませんが、そもそも催吐剤とは胃を刺激するものです。そして水晶の鋭利な破片はおそらくすでに胃の中にも入っている可能性が非常に高いです」
言われてみれば、少女の生み出す深紅の沼からは、明らかに酸性のすえた臭いが漂っていた。胃液だ。
「つまり嘔吐するためには胃を今以上に収縮させる必要があり、その際破片が胃の肉壁に刺さって取れなくなってしまうでしょう。そうなったらどうすることも出来ません。いわゆるお手上げ状態です」
「なにーっ!? そうだったのかーっ!?」
「所詮素人考えだニャ……恥ずかしいったらありゃしないニャ」
「うう……面目ない……」
さっきまで威勢の良かった吟遊詩人は完膚なきまでに鼻っ柱をへし折られて撃沈してしまった。しかしこうなると皆意見を言いづらい雰囲気になってしまった。
(何か……何かないのかしら……?)
思い悩むエリザスだったが、そうこうするうちにも時間ばかりが無情に過ぎていった。




