カルテ415 幸運のカルフィーナ・オーブの災難(前編) その6
「はい、バレリンさん。さっきここにも来た行商人の方がうちにはキャベツを届けてくれたんです。珍しいって父が喜んでました」
「ほうほう、そりゃあぜひワシもお呼ばれしたいもんじゃのう。ローガン殿の手料理は絶品じゃし……」
「よければ俺も是非一口お相伴に……」
「バレリン、ダイフェン!二人ともバカ言ってないでこの邪悪な催淫の実をとっとと外に捨ててきて床を拭き掃除してちょうだい!」
「「グギャ!」」
よだれを垂らさんばかりだった男どもの間抜け面に、エリザスの投げた石のように硬いマタタビの実が直撃した。
銀の剣のごとき竜の角が吊るされた天井の下、香ばしい料理の匂いが漂っていた。広いテーブルの両端に腰かけたローガンとピートル父子は、あまりの料理の美味さに声もなく、ただただフォークをカチャカチャと動かしていた。
「うーん、美味! さっすが父さん! いよっ、この男やもめ! いつでも再婚出来るよ!」
「それはどうかわからんな、この頭だし……それにもう50代だしコブ付きだし無理だって……でも、出来たら父さんももう一花咲かせちゃってもいいかな……?」
禿げ親父は自分の頭を撫でて照れながらも、何故か暗い窓の外を眺めている。少年はピクッと勘付いた。
「それってエナデール先生かエリザスさんかどっちのこと?」
「ブゴァっ!」
エロ親父は突如口に入っていたキャベツと猪肉を盛大に噴出し、ゲホゲホとむせ込んだ。
「あれー、正解だった?」
「そそそそそんなことはどうでもいいから子供はちょっと黙らっしゃい! でも、こんなに上手に出来たし、エナデール先生のところの皆さんも本当に来れば良かったのになぁ」
クソ親父は服の裾で顔をぬぐいながら、ガランとしたテーブルの中央付近を見つめた。
「明日、また僕が行って届けてきてあげるよ」
「そりゃいいな、ピートル。でも無理するなよ。この前は熊も出たし、それに行商人の話によると、インヴェガ帝国の方で何やらきな臭い動きがあるそうだしな……」
「へーっ、どんな噂なの?」
「何でも兵士を多く募集して、特別な訓練をしているらしい。詳しいことはわからん様子だったがな……」
「嫌だな、それって本当なの?」
少年は心配げな表情を浮かべ、食事の手を止めた。




