カルテ407 ライドラースの庭で(後編) その77
窓から差し込む曙光に照らされ、部屋の隅の絨毯の上で何か小さなものが銀色の輝きを放っていた。ジオールは側に歩み寄るとかがみ込んで、太い指先でそっと摘まみ上げる。
「こ、これは……」
それはユーパン大陸で流通しているごく普通の一枚の銀貨だった。だが奇妙なことに、何か白いものが付着している。彼は銀貨を鼻先まで近づけると、犬のようにクンクンと臭いを嗅いだ。独特の風味の刺激臭が鼻孔を突く。とても馴染みのあるアロマだ。
「チーズか……」
「は?」
傍らでポカンとしているブレオを置き去りにし、ジオールは一人がてんのいった顔つきをした。これは間違いなく侵入者の置き土産だ。実はこの絨毯の真下には秘密のはしご付き竪穴が隠されており、地下通路へとつながっている。その存在はジオールと僅かな者しか知らない。なぜそんなものが存在するかと言えば、つまりは彼のショータイムのためである。聖なる池の底に隠された抜け穴からトンネルをくぐってしばらく進むと、神官長の寝室に至るようになっていたのだ。ジオールは先ほどの白亜の建物でのやり取りの一部を想起した。
「地下の秘密の通路は、排水用と偽って造らせ、なるべく大きい方が詰まりにくいとかなんとか言って強引に太く作らせた。後で腹心の部下を使って多少手を加えたがな」
「かなり苦しい言い訳っスよ、それ!」
あの時ノービアは突っ込み係と化していたが、一連のやり取りをしっかり覚えており、通路がどこに通じているかを推察し、いざという時の脱出経路として利用する作戦を即座に立案し、見事に実行したのだ。このわざとらしく残された銀貨はそのことをジオールに無言のうちに伝えるためのメッセージであり、ついでに、チーズご馳走様でした、料金は払っておきますという意味まで含まれていたのだった。
「フフ……フハハハハハハハハハハ!」
耐え切れず、遂にジオールは人目もはばかることなく、文字通り大きな腹を抱えて笑い出してしまった。
「ジ、ジオール様!?」
気の毒なブレオは主人が心労のあまりに発狂したのではないかと心配し過ぎてオロオロになった。




