カルテ404 ライドラースの庭で(後編) その74
「まったく手こずらせおって、この曲芸師め……だが、これでもう貴様は一巻の終わりだ!」
その部屋の人間はジオールを含め誰もが同様に思い、神官側の勝利を確信していた……ただ一人を除いて。
「やれやれ、まーだわからないんっスね。リックルの旦那も最後はこんな感じで俺様とラブラブファイヤーよろしく抱き合ったっスよ。んで、俺様はどうやって助かったんスかね?」
「知るか! かかれ!」
ジオールの突っ込みと同時にしびれを切らせた神官たちがノービアに突撃をぶちかます。だが……
ブオオオオオオオオという戦の角笛のごとき凄まじい音とともに、大気中になんらかの気体が発射された。そう、騒ぎの中心のノービアの尻から……
「ぐえええええええ!」
あまりの臭いにジオールが喉を掻き毟り、涙を流す。包囲網の神官たちも同様だった。誰一人満足に動ける状態ではなくなり、身体を二つに折って膝をつく。目を満足に開けることすら出来ず、鼻の穴に劇薬を流し込まれたごとく身悶えする。まさしく阿鼻叫喚というのが相応しかった。
「いやー、失礼したっス、皆さん。最近いいものばっか食べてたせいか、殺傷力がパワーアップしすぎちゃってるっス。おーい、聞こえてるっスか?」
「おげえええええええ……」
ジオールの耳に、膜を隔てたようなはるか彼方からノービアのせせら笑いが響く。しかし出せる言葉はといえば焼けつくような喉から絞り出された掠れたうめき声だけだった。
「どうやらリックルの旦那同様、皆さん全く動けないようっスね。室内じゃ臭いの逃げ場がないから効果的なんっス。油断大敵っスね」
「ぐごおおおおお……」
反論しようとするも何一つ意味のあるフレーズにならず、恨めし気に黒いひょろひょろした身体を見上げるのみだった。
「すっげー悔しそうっスね。でも頑張ったし、せっかくだし、特別に俺様の正体を拝ませてやるっスよ、ジオールの旦那」
「っげ……!?」
ジオールの返事を聞くより早く、ノービアはするすると顔を覆っていた黒い頭巾を自ら外した……何時いかなる時でも身に着けていたあの頭巾を。




