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カルテ402 ライドラースの庭で(後編) その72

 まるで蝋人形のように血色を失った母親が横たわり、肩で息をしている。人は臨終の瞬間、本や芝居でよくあるように眠るように穏やかに息を引き取るわけではない。あんなものは本当の死を見たことのないやからが妄想した虚構に過ぎない。実際には全身で死神に抵抗しながら最後の時を迎えるのだ。その苦しげな死の床の前で悲しみと怒りにまだ幼かった自分が身体を震わせている。


「おのれ……おのれ奇跡の存在の白亜の建物め! 何故出現しない!? 僕の命でも何でもくれてやるから、今すぐここに姿を現せ!」


 あの時自分は確かに血反吐を吐くほど繰り返し絶叫したが、父親も産婆も、そして死にゆく母親すらも、周囲の誰も一切その言葉に反応しなかった。あれは奇跡の存在を信じていなかったわけではなく、既に奇跡が訪れた後だったからなのだ。だが、それを顕現の原因となった当の本人である彼の前では言うに忍びず、胸の内に留めたのだ。数千年の時を渡り歴史すら凌駕する伝説中の存在は、彼が胎児の頃から既に家族もろとも大いなる守護の翼で包み込んでいたのである。


「というわけで話をクリッと元に戻しますと、無知な旦那を許したハーボニーの姐さんは、それでもやはりだまくらかした信者さんのお金だけは何としても返さねばと思い立って、流れの傭兵である常勝無敗の無敵の俺様ことノービアに極秘で依頼されたってわけっス」


 ようやくネタばらしの終わった黒装束が得意げに話を締めくくる。すっかり気落ちし顔を上げる元気も喪失したジオールだったが、ドアの外が徐々に騒がしくなってきたのに気づき、炎昼に水をまかれた畑の夏野菜のように少しばかり意欲を取り戻した。このまま落ち込んだまま終わるわけにはいかない! 彼は疲れ切った身体に鞭打つと、一本の鉄の棒を通したかのように、すっくと背を伸ばした。


「ノービアよ、長々と親切に教えてくれてどうもありがとう。自分が如何に無知だったか悟らされたよ。だが次は貴様自身がそれを知る番だ。者共、入れ!」


 ジオールの大喝一声とともに、入り口のドアが荒々しく開かれ、寝起き姿のむくつけき男性神官たちが数人ゾロゾロと室内に雪崩れ込んできた。彼らは皆城壁のように無言だが険しい表情で、そのままぐるりと部屋の中央に陣取る黒い異物を取り囲む。今や戦況は逆転した。

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