カルテ401 ライドラースの庭で(後編) その71
『……本多先生、良いのですか?』
「んー、何のことですかぁー?」
『……まあ、先生がそうおっしゃるならそれでよいでしょう』
確か二人はこんな会話を交わしていた。聞いた時は意味不明だったが今ならばよくわかる。本多はあの場であえて真実をつまびらかにせず、慈愛神はそれでいいのかと確認していたのだ。つまり、彼らは明らかにジオールの母の死について何かを知っていたが、隠したという訳である。
「やれやれ、にぶにぶちんちんもそこまでいくとモンスター級っスね、旦那。何故あの時白亜の建物が出現しなかったかっていうと、既に出現済みだったからっスよ、旦那のママンの前に」
足元が音を立てて崩れ落ちそうな錯覚をジオールが襲う。半ば予想していた返答だったが、実際にそうだと断言されると衝撃は想像を遥かに超えていた。
「い……一体いつのことなんだ、それは!?」
ジオールは心臓がバラバラに千切れ飛びそうだったが、口にしながらも既にその答えも自分が知っているような気がして仕方がなかった。
「そりゃーもちろん、旦那が知らないんだから旦那が生まれる前に決まってるっス。詳しく言えば、旦那がまだママンの子宮の中でバブバブと泳いでいた時のことっスね」
「あああああ……」
我知らずジオールは自分のハゲ頭を両手で挟み、天を仰いだ。聞きたくない言葉ではあったが、それでも真実とは残酷なもので、彼の予想を微塵も裏切らなかった。
「どうやら旦那の御母堂は初めての妊娠中、非常に体調が悪い時期があり、顔や手足のむくみが出てきたそうっスよ。そこに突然白亜の建物が降臨し、当時はモジャモジャ頭だったあのトンチンカン先生がヘラヘラ診察して妊娠高血圧症候群って病気だと告げたそうっス。なんでも初産婦に多いだの、重症化したら大変なことになるだの、例の調子で延々とうんちくを並べ、生活の改善点だのを教えて薬もくれたため、ご両親はいたく感謝したそうっス。そして時間は流れ、時満ちて無事にジオール大神官様がコロッとお生まれになったわけっス! めでたしめでたし」
「……」
身体中の内臓が自らの出す消化液でズブズブと崩れ去っていくような感覚と共に、ジオールの心は自分の原点だと信じていた嵐の夜に立ち返っていた。




