カルテ400 ライドラースの庭で(後編) その70
(そういえば……!)
叫んだ拍子に、本多医院の去り際、床に動物の糞が落ちていた記憶もよみがえり、ジオールはつい納得してしまった。患者を診るような場所にあんな物があるなんて不衛生だとは思っていたのだが。このドブネズミ野郎はノービアとハーボニーの間を行き来してジオールの状況を逐一伝えていたのだ。
「そんなわけでしてチーズを主に食べていたのは俺様じゃなくってカンサイダスちゃんなんでそこんとこよろしくっス!」
「どっちでもええわボケぇ! しかしハーボニーのやつめ、身内だからって目をかけてやった恩も忘れやがって……確かに自分の跡継ぎ問題もそろそろ考えてはおったが……まさかこんな形で……」
青筋を立ててギリギリと歯ぎしりする大神官だったが、ノービアは意外そうに目をぱちくりした。
「なーに言ってるんっスか、幼少時にジオールの旦那が実家の有り金全部持ち逃げしたせいで、しばらくは地獄の上にも地獄な生活だったってハーボニーの姐さん怒ってたっスよ。ご自分の悪行は覚えてないんスか?」
「あ、ああ……そんなこともあったようななかったような……」
過去の痛いところを突かれてジオールは急に言語能力があいまいになった。
「だけどその時、姐さんがお父さんにその愚痴を吐いたら、こう諭されたそうっスよ。『許してやってくれ、ハーボニー。お前の兄は伝説の白亜の建物が肝心な時にお母さんを救ってくれなかったことを恨むあまり、復讐してやろうという気持ちが強くなり、そのため家を出て行ったんだ。だが、白亜の建物が出現しなかったのには実は訳がある、もし、ジオールに本当のことを話せば今度は逆に自分自身を責めて自殺でもしかねんから、この方がまだあいつのために良かったんだ』」
「……え」
突如ノービアが衝撃的なことを口走ったため、ジオールの脳が理解を拒み、思考停止状態に陥った。
「それを聞いてハーボニーの姐さんは旦那のことを許したそうっスよ。泣かせる話じゃないっスか」
「どどどどどどういうことだ貴様!? 何故俺が母親のことで自分を責めねばならんのだ!? 悪いのは全部あの禿げ頭のクソ医者だろうが!」
なんとか硬直から復活し、動揺し爆発寸前の心臓を無理矢理なだめつつ、咳き込むように聞き返しながらも、ジオールはさきほどの白亜の建物の医師とライドラース神とのやり取りを思い返していた。




