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カルテ396 ライドラースの庭で(後編) その66

「くそっ、あのヤブ医者め! 骨の髄までとことんおちょくりくさりおって! これでリラックスなんぞできるわけなかろうがぁ!」


 思い出し怒りがムカムカとこみあげてきて再び顔面が赤黒くなるジオールだったが、何はともあれクソ医者のおかげで首の皮一枚で神官長の座に留まることが出来たのも事実だと考え直すと、何とも形容しがたい複雑な感情で胸の中がぐちゃぐちゃに渦巻いているような気分となった。


「しかし、百戦錬磨のこの俺が、あんな詐欺師なんぞに言い負かされるとは……」


 現在目の前の机しか話し相手がいないが、迸る思いの流出はまだまだ治まらない。とにかく一晩中終始ボケ医者の手のひらの上で弄ばれ、一度も優位に立てなかったのは返す返すも屈辱的だった。絶対バレないだろうと自信満々だった聖なる池の秘密はいとも簡単に素っ裸にされ、聖水による首のできものの治療もまがいものだと懇切丁寧に諭された。更にライドラース神の御前で死にたくなるほどの散々な目に合わせれ踏んだり蹴ったりだったが、それでも常に彼の知識量にだけは驚かされた。


「何故だ、何故……!?」


 今まで自分は無知蒙昧な信徒や勉強不足の神官たちをゴミでも眺めるような目付きで見ていたが、あの男だけは全てを見透かしていた。全知全能のような彼の前にいると、逆に自分の方が何も知らないうぶな小僧っ子になったような錯覚に捕らわれ、混乱したものだ。


「……」


 あの男は諧謔の仮面を被りながらのらりくらりと自分の舌鋒をかわし、合間合間に致命の反撃を繰り出してきた。悔しいが自分よりも場数をこなしてきた貫禄を感じた。かといって母親の件は納得がいかないが。


「……ふぅっ」


 知らず知らずギリギリと奥歯を噛みしめていたジオールだったが、脳内で何度シミュレートしても今宵の結果が覆らないことを確信すると、大きく息を吐き、椅子に深々と座り直して身を沈めた。


「……まあいい、負けは負けだ。癪に障るが潔く認めるとしよう。だが、金だけは絶対に誰にも渡さんぞ! たとえ神にもな!」


 ジオールは誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやくと、どっこいしょとばかりに椅子から立ち上がり、部屋の奥に向かい壁の一部を押した。にぶい音と共に壁がドアのように開かれていき、そこにぽっかりと小さな空間が出現した。


「神の御休みになっておられる今のうちに、こいつをどこか別の場所へ移さないと……」


「へー、そんなところに信者を騙くらかして集めた金を隠していたんッスねー。さっすが腐っても神官長のジオールの旦那っス!」


 ジオールが中の革袋を苦労して引っ張り出した時、能天気な声と共に背後の暗闇が揺らめいた。

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