カルテ390 ライドラースの庭で(後編) その60
「むぅ……」
「もっともこれらのことは、全て妹さんが納得すればの話ですけどねー」
うなるジオールを楽し気に見つめる本多だったが、思い出したかのように一言付け加えた。
『とのことですが、どうします、ハーボニー副神官長?』
「ライドラース神様さえよければ、私には異存はありません。ですが、よろしければ一つだけ条件を付けさせていただきたく思います」
意外な展開にも動揺せず、ハーボニーは神の促しに対し間髪入れずに即答した。まるで以前から決まっていた運命を受け入れるかのごとく。
『どうぞ何なりと言ってください』
「はっ、では恐れながら申し上げます」
ハーボニーは顔を上げて再び兄の顔を凝視した。瞳に強い意志の炎を宿しながら。
「不詳の兄・ジオールの手によって信者たちから巻き上げられた金銭を全て元通りに返すこと、これが私の望むところです。よろしいですね、兄上?」
「あ、ああ、勿論だ……残っている分はな……」
ジオールは本多の馴れ馴れしい手を払うことも忘れ、そう答えるのが精一杯だった。
『了承しました。その言葉通り滞りなく履行されることを期待しますよ、ジオール神官長。でなければ、あなたの立場は更に悪いことになるでしょう。そして本多先生、実はあなたに一つ伝言があります』
慈愛神はジオールのその場しのぎの返答など既にお見通しといったような超然とした態度で釘を刺すと、急に本多に話し相手を変えた。
「伝言!? 誰からですか!? 何の用件ですか!?」
途端に、今までちゃんと起きてるんだかどうだかすこぶる怪しかった本多の寝ぼけた声に力が宿り、垂れ目が内側から押し開かれた。
(な、なんだこいつ、急に……!?)
ジオールは自分から神の矛先が変わったことに安堵するとともに、冷水で顔でも洗ったかのように生気がみなぎり出した本多を見て、怪訝な顔をした。
『私のいも……ではなく、カルフィーナからです。彼女は現在不眠症で悩んでおり、私にとある方法で、あなたに是非診察してもらいたいというメッセージを寄こしてきました。つきましてはお忙しいところ大変恐縮ですが、御高診、御加療をお願いできないでしょうか?』
「カカカカカカカルフィーナですとぉ!? 五大神が一柱こと運命神のことですか、ライドラース様!?」
「ジオール兄さん、落ち着いて下さい……私も驚いていますが。神様でも病気になられることがあるのですね……」
興奮するジオールをなだめるハーボニーですら、驚愕の念を隠しきれなかった。




