カルテ385 ライドラースの庭で(後編) その55
「ハーボニー副神官長! 何故ここに!?」
ジオールは神に叱責されている真っ最中にも関わらずつい面を上げ、目玉が飛び出しそうな驚愕の表情を浮かべた。
「神聖なる神との対話中にお邪魔して誠にすみません、神官長様。私が寝つけずに神殿内を歩いていたのですが、中庭から人の声が聞こえたため、もしやと思って陰から様子を窺ったところ、そこにいるお医者さんとノービアさんとブレオさんが何やらわめいていたので、こっそり後をつけたのです」
淡々と語るハーボニーは寝起き特有の腫れぼったい瞼をしており、糸目が更に細くなっていたが、その奥に核のように存在する黒瞳は熱を湛え、ジオールを射抜かんばかりだった。
「なるほど、ブレオの旦那のせいだったっスか! んもー、駄目じゃないっスか、あんな場所で怒鳴り声上げちゃ。仕事首になっちゃうっスよ?」
「お前だって叫んでいただろうが! 人のせいばっかりにするんじゃねえ!」
「まあまあ、いい月夜のお散歩だったしいーじゃないですか、お二人とも」
「……」
ジオールは反省の色もないくだんの三人衆にジト目を向けたが、さすがに今回ばかりは何も糾弾しなかった。
「しっかしまーたお客さんですか。今晩はちと多過ぎ君ですねー。もう定員オーバーですよ」
椅子に腰かけていた本多が、両手の手のひらを開いて上げるアメリカンなポーズをとる。確かに彼の言う通り、診察室は今や六人がおしくら饅頭状態の大所帯となっていた。
「まぁ、でも、ほら、女性が来たのは喜ばしいことじゃないっスか! 紅一点ってやつですかね? とにかく男祭りでオヤジ臭がきつくって暑苦しかったっスから……」
「まるで今まで女性が一人もいなかったかのような口振りですね」
「ひぃっ! そそそそそそんなこと言ってななななないっスよ!」
要らぬ台詞を口にした愚かな黒尽くめが、魂を吸い取るかのような氷の視線を浴びて即言い訳をした。
『ところで親愛なるハーボニー副神官長よ、私に対して待てとはどういうことですか?』
慈愛神がカオスと化して脱線しまくった状況を軌道修正し、厳かに質問する。一同は朝礼で騒がしくてブチ切れた校長先生を前にした全校生徒のごとく、即座に口をつぐんだ。
「……ハッ、恐れながら申し上げます!」
ハーボニーは下腹部に力を込めているかのような面持ちだったが、やがて意を決して人知の及ばぬ超越者に対して上訴した。




