カルテ382 ライドラースの庭で(後編) その52
「まあまあ、ちょっとは落ち着いてください、ジオウ・ザケルガさん。セレちゃーん、お茶でもお入れしてあげてー」
「たまには自分で入れてあげてくださいって前にも言いましたよね?」
「えーっ、んもー、セレちゃんったらまいっちんぐアプリ! ボコメン!」
「いい加減にしろ貴様ら! お茶なんぞいらんわ! いいかホンダ、耳の穴かっぽじってよく聞けぇ!」
ジオールはもう今晩何度目になるかわからない大絶叫を上げ、診察室の床を突き破りそうなほど踏みしめた。
「俺は貴様に積年の恨みがあるのだ! 貴様自身は身に覚えがないかもしれんがな!」
ヒートアップし過ぎたジオールの心の封印が解け、積もり積もった想いが堰を切って流れ出す。時間が一瞬にして過去へと巻き戻る。あの貧相なあばら家の嵐の夜が、現在の彼の原点だった。
「俺の幼い日のある晩、最も愛しい母親が死の床に就いて苦しんでいても、貴様はこれっぽっちも姿を現さなかった! 俺が心を込めて、全てを賭けて必死に何度も何度も呼んだのにもかかわらず! 何が奇跡の存在だ! 何が伝説中の伝説だ! 何が白亜の建物だ! 申し開きの一つでもしてみやがれ、貴様ぁ!」
いつの間にか本多を凝視した大きなドングリ眼に、薄っすらと涙が滲んでいた。信奉する神に陳謝する時でさえ流さなかった涙が。
「……あなた、お名前はなんとおっしゃいます?」
唐突に本多が奇妙な質問をジオールに投げかける、まるで今この瞬間初めて彼に出会ったかのように。
「……は!?」
充血したジオールの双眸が二つの赤い点と化し、涙までもが凍りついたかのように流れを止める。激怒中にもかかわらず急にわけのわからないことを聞かれたため、毒気を抜かれた大神官はまるで鳩が豆鉄砲を食ったかのようにポカンと大口を開けて固まった。が、それも時計の秒針が一目盛り動く間程度の時間に過ぎず、再び自らの灼熱し沸き返る内臓に突き動かされ、たらこ唇から熱い唾を飛ばした。
「今まで人の話をちゃんと聞いとったんかい貴様! さっきジオールとそこのブレオが言っただろうが!」
「あー、すみません、質問の仕方が悪かったみたいですねぇ。つまり、あなたのフルネームをお聞きしたんですよ、ジオールさん」
「それならそうとはっきり言え馬鹿者! いいか、二度とは答えんぞ! 俺はタケルダ村出身の、ドグマチールのライドラース神殿の神官長こと、ジオール・カデックスだ!」
ジオールは決闘前の騎士のごとく大音声で名乗りを上げた。




