カルテ366 ライドラースの庭で(後編) その36
「まあまあジオールの旦那、あんまり怒ると毛が抜けるっスよ……ってもう無いんでしたっけ、失敬失敬」
「お願いだからこれ以上刺激しないでええええええ!」
「……許可を頂いて拝見したんですが、その時ひじょーに興味深いことが判明しましたよ、神官長ジオールさん」
涙目のブレオを置き去りにし話し続ける本多の神算鬼謀を秘めた黒瞳が輝きを放った。
「な、なんだというのだ!?」
直前まで悪鬼羅刹そのものだったジオールの顔に動揺が走る。張り詰めた空気の中、点滴の落ちる音だけが石化したかのような室内に、やけに大きく響いた。
「僕はあの池を一目見て、強い違和感を覚えました。何故なら中庭には至る所に樹木が植えてあるのに、池の周囲はそこだけぽっかりと空間が生じ、なにも生えていなかったからです」
急に差し込む朝日のように静かに、だが鮮烈に本多の説明が始まった。まるで手品の種明かしでもするかのような語り口に呑まれ、皆つい耳目をそばだて特別講義に集中する。
「そこでそちらのお二人さん二人に伺ったところ、池を見えやすくするためじゃないのかとのことでしたが、僕はそれ以外の意図を直感しました。なんせ屋外にあるくせにゴミ一つ浮いて無くて不自然なまでにきれいでしたからね。それに普段から人が近づくのを制限されていると聞き、ある結論に達しました。これらの事実が指し示すことはただ一つ、誰かが池に物が落ちることを防いでいたのです。もし池ポチャしたら、その誰かさんにとって非常にまずーいことになるからなんでしょうかねぇ……イヒヒヒヒ」
ドクン、とたるんだ胸板の下で鼓動が高まるのをジオールは感じた。そして瞬時に悟った。この無法者にこれ以上話をさせるわけにはいかない!
「おい、ちょっと待て! 何故そんなことが言い切れる!? 聖なる池を清浄に保つのは至極当然のことだろう!」
「シゴく当然ってなんかいやらしい言い回しっスね」
横から黒装束が余計な茶々を入れるため、ジオールの目は極限まで吊り上がった。
「黙れこわっぱ! とにかくやましいことなど天地神明に誓って何一つないわ!」
「まあまあ、そうムキにならずとも結構ですよ。もう仕掛けはすっかりわかっちゃいましたから、手遅れです」
「んなっ……!」
どうやってという次句を継げず、ジオールは憤怒の形相のまま固まった。この腐れ医者が何をやらかしてくれたのか、大雑把にだが理解してしまったからだ。池の秘密を探るには、何か沈む物を一つ投げ込めば、それで事足りる。神をも恐れぬこの不敬な男ならやりかねん!




