カルテ362 ライドラースの庭で(後編) その32
「それ全然恩人に対する態度じゃないっスよブレオの旦那! 正直俺様よりもひどいっスよ! ほれ、しっかりするっスホンダ先生」
「サ……サンキューベラマッチョ……」
影のごとく素早く壁際に走り寄ったノービアが、片手で器用に本多をクルッと一回転させて天地を元に戻す。
「待て、ノービア今何と言った!? ホ……ホンダ先生だと!?」
聞き捨てならぬキーワードに反応し、ジオールのこめかみがピクリと痙攣する。さっきまで見ていた悪夢が連想的によみがえり、彼を瞬時に幼き日のボロ小屋に立ち戻らせる。いくら彼が命の限りを尽くして訴えても奇跡が起こらなかった、あの時空間に。
「もしや、あなた、否、貴様は……!?」
ジオールは半身を起こしつつ、ホンダと呼ばれた白衣の男をドングリ眼を見開いて凝視した。身体中の血液が逆流し、鼓動が激しくなるのを覚えながら。
「聞き間違いですよジオール様! 『すっ飛んだ先生』って言っただけですよぉ!」
ブレオはあらん限りの大声を発し、苦しい言い訳をしつつも全ての音をかき消すことに努めた。
「いい加減に静かにしてください。ここ本多医院の中では静粛にお願いします」
降りしきる雨音を上回る雷鳴のように、空気を切り裂くセレネースの声がロビー中に轟き皆の耳目を集め、静寂をもたらした。
「本多医院だと……ではここは、やっぱり、あの……」
「ええ、そちらのユーパン大陸の皆様方には古くから白亜の建物というあだ名で呼ばれております。以後、お見知りおきを」
よっこらしょと起き上がりながら、本多は営業スマイルを浮かべ、ジオールにやんわりと挨拶した。
「……一体俺に何をした? 貴様は異端の徒だろう?」
ジオールは掛け布団をきつく握りしめながら、それだけをなんとか口から絞り出すようにして問いかけた。今まで人生で培った自制心を総動員して、激昂しそうになる自分を抑えながら。
「何をしたって、そりゃーそこにおられるお二人がわっしょいわっしょいと気絶したあなたを運んできたから治療したまでですよー。良いお友達をお持ちですねー」
「お友達……!?」
つい横目で傍らの二人を睨みつける。ブレオは俯いていたがノービアは明後日の方向を向いて聞き流していた。




