カルテ361 ライドラースの庭で(後編) その31
「母さん……」
少年は、すっかり血の気を失い荒く息をする死にゆく母親を見つめながら、小さい両拳をきつく握りしめた。その瞳に、悲しみを覆い尽くすほどの憤怒の色が炎となって現れた。
「おのれ……おのれ奇跡の存在の白亜の建物め! 何故出現しない!? 僕の命でも何でもくれてやるから、今すぐここに姿を現せ!」
彼の血を吐くような魂の絶叫も天には届かず、誰も何一つ答えず、願いをかなえることは出来なかった。
「うう……頭がガンガンする……って、ここはどこだ!?」
自分の叫び声で覚醒したジオールは、見たこともない光り輝く天井が視界に飛び込んできたので仰天し、危うくベッドから落ちそうになった。
「おーっ、ようやくお目覚めですか! 随分ぐっすり寝ておられたもんで、禿げ頭同盟のよしみでちょ-っとばかり心配しましたよ!」
「は……はぁ」
寝起きにやけにハイテンションで意味不明な同盟関係を聞かされ頭痛が治まらないジオールだったが、声の主の身に着けているこの世界の物とは思えぬ白衣を目にした瞬間、眠気も頭痛も一時的に吸い込まれるように引っ込んだ。
「だ……誰ですかあなたは? そしてここは一体……?」
質問しながら彼は、その時ようやく自分の左手に細い管が突き刺さっているのに気づき、眉をひそめた。
「はいはい、よくぞ聞いてくださいました。僕は本……だーっ!?」
「ジオール様、そんな些細なことはどうだっていいじゃありませんか! 御無事でよかったですね!」
自己紹介しようと襟を正した本多だったが、物理的に横から割って入ったブレオがタックルをかましてきたため、彼の貧相な身体は凄まじい勢いで壁まですっ飛んで行って激突した。
「おいおいブレオ、些細な事どころか重要事項だろうが……ってお前、そんな凶暴な性格だったか? また酒でも一杯引っ掛けたのか? まったく、初対面の人になんてことを……」
「酒なんて欠片も飲んでませんよ! お叱りは後でいくらでも受けますから、お元気になったのならとっとと帰りましょう! どうもありがとうございました!」
「ムギュー……」
ブレオはジオールの言葉を遮りつつ、投げつけられたカエルのように壁に上下逆さまになって貼りついている本多に向かって軽く会釈しながら一つも心のこもっていなさそうなお礼を述べた。




