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カルテ360 ライドラースの庭で(後編) その30

「うーむ……どうもご理解いただけないようですね。この池に石でも一つ投げ込ませてもらえれば即判明するんっスけど……っていかん、僕まで口癖がうつってきたじゃないっスか!」


「真似しないでくださいっス! 自分のアイデンティティってやつが崩壊するっス!」


「安っぽいアイデンティティですね~」


「ええい、やめやめやめ! 大体そんなこと出来るわけないだろう! そもそも普段は聖なる池のすぐ側まで近寄ることすら禁止されているんだぞ! 恐れ多いわ罰当たりめ!」


「へーっ、それは初耳でしたね。となると、いよいよこいつは怪しいですよ~。さーて、石ころちゃんはどこかな~」


 ブレオの必死の制止がかえって仇となり、本多は大地に這いつくばるような姿勢をとって月下の庭で不穏な探し物を始めた。


「くそ、逆効果かよ! そんなもんあきらめてとっとと戻るぞ!」


「おーいホンダ先生、こんなもんでいいっスか?」


「ああっ、ノービアてめえ!」


 ブレオが本多の奇行に気を取られている隙に、そこら辺に転がっていた手頃なサイズの石を手に取った黒装束が、ヤモリのような格好の本多の側に転がした。


「おお、いいですね~。それじゃ本多選手、振りかぶって第一球投げたー!」


 嬉々として石ころを掴んだ本多はよろめきながらも立ち上がると、勝手にアナウンスしながら上手投げの姿勢をとった。


「いくっスよー!」


「らめええええええええ!」


 三者三様の叫びがライドラースの庭に木霊する。その様を茂みの中から覗いている影が小さな声を立てたが、三人の絶叫と虫の音にかき消され、小石は大きく弧を描いて池のド真ん中へと吸い込まれて行った。



 薄暗い室内で、おんぼろの燭台の灯りが揺れる。隙間風がびゅうびゅうと吹き込み、屋外と変わらない寒さを引き込んでくる。もうじき雪が降るだろう。


「母さん、母さん!」


 少年は粗末な寝台の上に臥床する母親に必死で呼びかけていた。しかし母親の視線はうつろで、呼吸をするのが精一杯の様子だった。息を吸い込むだけで肩が上下し、下顎が動く。


「こりゃあまずいよ。こいつは死ぬ間際の呼吸だ。こうなったらもう助からないよ」


 背後から聞こえる、闇の底から響くような老婆の声が少年を絶望の沼に引きずり込む。


「何とかならないのか……頼む、お婆!」


 父親が生まれたばかりの妹を抱きながら頭を下げるも、死神のごとき老婆は陰鬱に皺だらけの首を横に振るばかりだった。長年の経験から、今後の全てを悟っているようだった。

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