カルテ355 ライドラースの庭で(後編) その25
「それでそれで? なんか他にはなかったですか? 例えば疲れてたりとか頭痛があったりとかおしっこ漏らしちゃったりとか……」
急にシャキンと背筋まで伸びた本多は深夜にもかかわらず瞳を爛々にし、声からも微塵の眠気さえ感じさせなかった。
「こ、こら、ノービア! こんな得体の知れない怪しげな奴に勝手にペラペラ喋るなよ! 神殿に許可なく侵入した時点で匪賊の輩と同類だぞ!」
ブレオが毛深い手でノービアの口元を塞ごうと試みるも、黒装束はつかみどころのない影のごとくするりと逃げ出し、我が物顔にロビーのソファーにデンと足を組んで腰掛けた。
「まあまあ、硬いことは言いっこなしっスよ。正殿にお許しなく入っちゃったのは俺様たちも一緒っしょ? そもそも状況を逐一説明しなきゃお医者さんだって治しようがないでしょーに」
「うるさいうるさい! 俺たちは安否確認っていうちゃんとした理由があるからいいんだよ! おのれこいつ、ゴキブリみたいにちょこまかと……!」
「おっ、その例えは中々的確っスよ、ブレオの旦那! 確かに俺様黒いし素早いし台所漁り好きだし。ちょっとは文才あるんじゃないっスか?」
「なななななななな」
侮辱したつもりが逆に手放しで褒められ、困惑のあまりブレオの舌が一時的に絡まった。
「ええいしゃらくせえ! ゴキブリ退治なら得意なんだよ! そこに直れ! 叩き潰してくれるわ!」
「でもね、悪いけどブレオの旦那のスピードごときじゃ華麗なる俺様は一生かかっても捕まえられないっスよ。だって俺様、あの野獣リックルの旦那の鎖骨砕き狙いの初めましていきなりパンチ攻撃すら楽勝で見切ったんスから。ま、素人にしちゃああの旦那もそこそこでしたっスけど、お気の毒様相手が悪かったっスね」
その鼻にかかったノービアの自慢話を聞きつけ、本多の好奇心に更なる火が灯る。
「お、上腕失神ですか。しぶい技ですねー。確かに鎖骨の内側には腕神経叢っていう、文字通り脊髄から腕に繋がっていく、手を動かしたり感覚を司る神経のネットワークが交差しているんですよ……」
「「「……」」」
そしてその場の三人は、本多のクソ長い話を延々と聞かされる羽目と相成った。




