カルテ354 ライドラースの庭で(後編) その24
「す、すみません! つい取り乱してしまいました。ですが……」
「どーせ意識ないんだから何やったってわかりっこないっスよ」
「そういう問題じゃないだろ!いいか、このハゲ……じゃなかったこのお方は不思議な力を持っているし、何でも丸っとお見通しだぞ!」
「えーっ、でも、それって……」
「はいはいはい、そこまでー!」
高らかに手を打ち鳴らしながら、突如禿頭がドアの向こうから出現したため、二人の不毛な言い合いはようやく強制終了した。
「ハ……ハゲが増えたっスよ!」
唐突に空間のハゲ密度が倍加したため、ノービアが失礼極まりない発言をぶちかます。
「いきなりひでえ! ちょっと前まではジャングルのようなモジャモジャ頭だったんですけどね、アル中の駄メデューサのせいで……っておっと、オフレコでしたわこれ。とりあえず僕はここ本多医院の院長をしている本多と申します。しかしここはまた随分と変わった場所ですねー。場末の体育館かなんかですか?」
対するハゲこと本多の返答も負けず劣らず失礼なものだった。
「体育館なんかじゃねえ! 恐れ多くも慈愛神ライドラース様の聖なる神殿の正殿だ! 本来なら勝手に入るのは極刑ものだぞ!」
本多の毒気に当てられそうだったブレオだったが何とか持ち堪えると彼を断罪した。
「ほほう、ここが兼ねて噂の自慰神とやらの聖地でしたか! いやー、自分も若い頃は聖地巡礼とかしちゃったもんですけどね……好きなギャルゲーの」
「今、何か言ったっスか?」
「いえいえ、何でもないです。しかし聞くところによると、自慰神ラブリーチャーミング様は外傷をチャチャっと治せちゃうそうじゃないですか! 是非一度お会いしてみたいと思っていたんですよねー」
「誰だよ自慰神ラブリーチャーミング!? っていうかこの場にはいらっしゃらないぞ! 慈愛神様はこちらにおわす神官長ジオール様にのみお声をかけられ、奇跡を起こされるのだ!」
ブレオはここぞとばかりに声を張り上げ、ロビーの床に大の字になっているもう一人の禿頭を指差した。ジオールは意識のない癖に深く荒い息をしており、両手の指は猛禽類の鉤爪のように曲がっていた。
「……よく寝てますね。っていうかかなーりゲロ臭いですよ」
「さっきまで間欠泉みたいにゲーゲー吐いてたっスからね……水を浴びるようにガンガン飲んじゃった後で」
「ほほう、多飲して嘔吐し意識を失ったと?」
普段は垂れ下がっている本多の目尻が指揮者の操るタクトのごとく急に跳ね上がった。




