カルテ353 ライドラースの庭で(後編) その23
「バカな、お前、何を言っているんだ! そんなこと、出来るわけが……」
そう口にしながらも、ブレオは脳内でついノービアの台詞を反復している自分自身に気づいた。この神殿内で奇跡の御技を使える唯一無二の人物は、現在自分の足元にとどめを刺されたクマみたいに伸びており、回復する素振りすら見せない。夜は刻一刻と更けていき、反対に朝は飛鳥の速さで迫りつつある。なのに現状は何一つ変わらない。
「どーしたんスか、ブレオの旦那? 俺様たちじゃ何の役にも立たないし、頼むならとにかく早い方がいいと思うっス。誰かが来てからじゃ、噂が触手のごとく広がっちゃって手がつけられなくなるっスよ」
「お前本当に触手好きだな! しかし……むぅ……」
ブレオはほぞを噛んだような顔で低く呻いた。癪に触るが黒尽くめの言う通り、自分たちに打つ手がないのは自明の理であり、神殿の根本に関わる迅速に解決すべき事案であるというのも間違ってはいない。但し……
「しかし神官長様ご自身が、こんな怪しげな施設の助けを望んでいるかどうかわからないじゃないか! もし、『俺は白亜の建物なんかで治療を受けるくらいなら死んだ方がマシだった! どうして勝手なことをしたんだ!?』とか、後でおっしゃったらどうするんだよ!? お前責任取れるのか!?」
ブレオの瞳には頭から沸騰したヤカンのように湯気を発して激怒するジオールの恐るべき姿がありありと浮かんでいた。
「ほーう、そこまでちゃーんとかんがえていたんスか、ブレオの旦那! 元酒乱のくせに、意外と頭が回るっスね」
「ななな何でお前がそんなこと知ってんだよ!?」
虚をつかれたブレオはたちまちキョドッて真っ赤になって喚いた。
「だってさっき食堂でジオールの旦那が、『貴様が脳まで浸かって暴れる原因となった邪悪な酒なんぞと違って』って言ってたし……」
「そ、そうか……ってお前そんなところから聞いていたのか!?」
「お二人とも、お戯れになるのも結構ですが、早く結論を出していただけませんか? この医院もいつまでもここに存在しているわけではありませんので。次元の狭間は非常に不安定な場所なのです」
果てしない言い合いに終止符を打つかのごとく、セレネースの凛とした一言が玄関ホールに響き渡った。




