カルテ352 ライドラースの庭で(後編) その22
「あああ……」
普段は物おじしないノービアの覆面下の口が大きく開かれている。急に空気が塊となってその場に降り注いできたかのように、重々しい緊張感が場に生じていた。汗まみれのブレオは圧迫感になんとか打ち勝ち、口を動かした。
「どどどどうしたんだ!? 侵入者がいたのか!? それともやっぱりモンスターか!?」
ノービアの身体が邪魔になって位置的に中が見えないため、黒装束の背後から見苦しいほど腰の引けた無様な体勢でわめきたてるも、答えはなかなか返ってこなかった。
「……ええい、そこをどけ! 俺にも見せろ! ったく口ほどにもない、伝説級の怪物に気圧されたか……!?」
「……いや、まあ、確かに旦那のおっしゃる通り、伝説は伝説なんスけど……あれっスよ、ほら、なんだ、その……」
いつもは立て板に水の返事がやけに歯切れが悪い。
「だから何だよ!? うおおおおお!」
痺れを切らしたブレオが憤然として声を荒げるも、やや余裕を取り戻したノービアはゆっくりと単語を頭の中で探し出し、言語化して外へと吐き出した。
「伝説中の伝説、白亜の建物っスよ」
「いらっしゃいませ。ユーパンからのお客様ですね?」
「へーっ、ここがかねて噂のアレっスか……」
「うわわわわ……あんた人間か? てかどうやって建物の中に建物が入ってるんだ?」
正殿内に突如魔法のように出現した白く四角い建物の内部に足を踏み入れたノービアとブレオは、白衣をまとった赤毛の受付け嬢の質問そっちのけで、口々に驚きの言葉を漏らした。
「それよりこちらの質問にまずお答えください。ちなみにここは本多医院。患者様の治療をする場所です」
セレネースは一直線の眉を微動だにせず説明口調で話しかけた。
「ほほう、やっぱそうっスか! これは面白いことになってきたっスよ、ブレオの旦那!」
「何が面白いんだよこの盗み食い野郎! 恐れ多くもライドラース神の聖所にこんな異端の本拠地が現れたなんてことが噂にでもなってみろ! 信者が全員そっぽ向くぞ!」
ブレオは普段からジオールが白亜の建物のことを快く思っておらず、憎しみすら抱いていることを知っていた。
「だーから盗み食いじゃないって言ってるのに……とにかくここに一人病人がいるんだから、とっとと治して貰いましょうよ! そうすりゃジオールの旦那も元気になってハッピーエンドじゃないっスか!」
無責任な部外者の黒覆面はあくまで能天気そのものだった。




