カルテ349 ライドラースの庭で(後編) その19
「はいはい、そんな迷子みたいな泣きそうな声で叫んじゃってどうしたんっスかー、ブレオの旦那?」
まるで真夜中に間違えて顔を出した太陽のように場違いなほど陽気な声が台所に通じるドアの向こうから響き、それと同時に闇と半分同化した黒頭巾がぬっと姿を現した。
「うわっ、ノービアじゃないか! いつからそこにいたんだ?」
「だいぶ前からっスよ。さっき旦那が、『まったく普段から良い物ばっか食いやがって』ってブツブツ愚痴ってたのもちゃんと聞いたっスよ~ん」
「ららららめえええええ! そ、そのことは忘れてくれ! 知られたら殺される!」
ブレオは酒も飲んでないのに赤面した。
「やれやれ、いたんなら隠れて見てないで助けてくれよ。しかしなんだって夜遅くにこんな場所に……ん?」
その時ブレオは、黒頭巾の頬がまるで頬袋をふくらませたリスのようにぷっくりしているのに気づいた。
「も……もしかして貴様……」
「いや~、バレちゃいましたか~、ここのチーズって塩味が利いていてやけに美味しいんで、夜食に最適なんスよね~」
「犯人はお前かー!」
怒り心頭に達したブレオはヘラヘラ笑う黒装束に殴りかかるもかすりもせず、危うく再び床に転びそうになった。
「ブレオの旦那、怒らず話を聞いてくださいよ~。そこでくたばっているジオールの旦那の払いが悪いから、仕方なくチーズを余計にいただくことで多少の埋め合わせをしていたんっスよ~。それにしてもインチキ聖水なんぞよりもこっちをメインにして信者相手に商売した方がよっぽど良心的で儲かると思うんっスけどね~。どうっスか、このアイデア?」
「俺が知るか! まったく、罰当たりなことなんか言ってないで、とっとと神官長の足側を持ってくれ! とりあえず部屋まで運ぶぞ!」
「へいへい、しかしこの労働分も料金払ってもらえるんっスかね~?」
「いいから早くしろおおおおおおお!」
今まで易怒性を抑えて生活していた反動か、ブレオは獣のように咆哮しながらクソ頭巾を急かすと、丸太のように太い神官長の両腕を持とうとした。
「あー、ダメダメ、そんな腰の入ってないやり方じゃ大神官殿が動くわけなんかないっスよ。どいたどいた」
突如横から割り込んできたノービアがブレオを払いのけてジオールの手首を引っ掴むと、おもちゃの台車でも引っ張るようにいとも簡単にズリズリと牽引していった。




