カルテ344 ライドラースの庭で(後編) その14
「おっと、つい無駄話をしちゃってすんませんっスね〜。ほんじゃジオールの旦那、興が乗って来てお楽しみの最中に申し訳ないっスけど、さっそく約束のものを……」
「わ、分かったから後にしてくれ! 見ての通り今忙しいのだ!」
焦って追い払うようにしっしっと手を振るジオールを見て、黒装束は小馬鹿にしたように両肩をすくめる。
「やれやれ、まぁ仕方ないっスね~。そんじゃそういうことで後ほど~」
そう言い残すと、彼は手にした気絶中の大男をまたズリスリと引きずったまま、扉も閉めずに退散した。
まるで竜巻が通過して全てを一瞬にして破壊していったかのような出来事だった。その自由過ぎる後姿をあっけに取られて見送っている聴衆同様、ジオールもしばし呆然と眺めていたが、そこは年の功で気を取り直すと深呼吸を一つしてグッと手を握りしめた。
「すみませんね、今神殿に宿泊中の旅の者が邪魔をしてしまいまして……では、皆様のお気持ちを……」と、何事もなかったかのように先ほどの続きを再開したが、その立ち居振る舞いはいささか精彩を欠いたものとなっていた。
「まったく何という無礼な奴だ、あの男は!」
深夜、ジオールは神殿の食堂で夜食のパンとチーズを頬張りつつ、水をグビグビと飲みながら、給仕をしているブレオに当たり散らしていた。あの後いつもの名調子を取り戻すのに時間がかかり、得意の舌もうまく回らず、そのせいかどうかはよくわからないが、集まった寄付金の額も普段よりはやや少なめのように感じられた。
「しかもノービアのやつ、せっかく謝礼金を払ってやったのに、言うにこと欠いて、『たったこれっぽっちのはした金じゃ、華麗にして超絶なる俺様の見事な働きぶりの半分にも値しないっスよ、ジオールの旦那~。ま、残りはまた明日いただくってことでもう一泊よろしく~』などとぬかしおって……ええい、思い返すだけでもむかついて喉が渇くわい!」
怒り心頭のジオールは坊主頭に朱を差してこめかみをひくつかせると、ブレオが用意するのも待てないとばかりに傍らの陶器の水差しをひったくると、注ぎ口に直接口をつけて飲水するという暴挙に出た。




