カルテ343 ライドラースの庭で(後編) その13
「私もお願いします、大神官殿! ご覧ください、この通り全財産を持ってきました! まず私に聖水を!」
「何を言う、こっちが先だ! この金塊を見てください!」
「なんだこの野郎、俺は女房を質に入れて金を用意したんだぞ! 俺が先だ!」
「俺なんて女房どころか爺さん婆さんまで質に入れて、ついでに愛人とその飼ってる猫まで入れてきたぞ!」
「そりゃ入れ過ぎだ!」
「ジオール様、お慈悲を!」
「こちらにも!」
スオードを皮切りに助けを求める人々の声が潮のごとく轟き、袋を持った手の群れが冬の林のように虚空に突き出され、暴発寸前の喧騒が室内を埋め尽くす。その悲痛な叫びは先ほどのジオールを褒め称える声よりも更に大きく、鼓膜が割れんばかりにワンワンと反響していた。
「ちわーっス。お取込み中のところ悪いっスけど、お仕事終わったっスよー」
「!」
大騒乱のさなか、突如大海を切り裂くようにドアを開ける音が響き渡ったかと思うと、場違いに間の抜けた、しかしよく通る声がその後に続いたため、虚を突かれた信者たちは一斉に入り口を注視した。全身黒尽くめのひょろ長い男が何か大きなものを後ろ手に引きずりながら、前室の前に立っている。よく見るとその薄汚れた汗くさい荷物とは……
「おいノービア、ひょっとしてリックルとかいう大男か、その後ろのものは!」
思わずジオールは慈悲のペルソナを忘れ去り、素のままの反応をしてしまった。
「そうっスよ~、いや~、リックルの旦那も鎖骨破壊する結構渋い必殺技持ってたっスけど、所詮はド素人の喧嘩殺法で、天才にして傭兵の俺様の相手じゃぁなかったっスね。しっかしこんなところであこぎな講演会やってたとは、ジオールの旦那も隅に置けないっスね~。おかげでこの重たい荷物引きずってスッゲー探しまくりましたっスよ」
ノービアは飄々と語りながら傍らで伸びているリックルを足先でチョンチョンと突っつく。哀れな農夫はピクリともしない。本当に生きているのだろうかと心配になってくる。
「それにしても水に濡れた手で触っただけで本当に病気が治るんスか〜? すごいっスね〜。つまり触手療法ってやつっスよね〜、それ。自分は触手は触手でも触手モンスターが気の強そうな女騎士のねーちゃんをぶっ太い触手でグルグル巻きにして色々弄んじゃうほうが好みなんスけどね〜」
ジオールは背中を一筋の冷や汗が流れ落ちるのを感じた。こいつには早々にお帰り願うしかない!




