カルテ339 ライドラースの庭で(後編) その9
「但し、言っとくけどかなりふんだくられるそうだぜ。たっぷりお布施を用意していかねえとせっかく行っても無駄足を踏むぞ」
友人はスオードの家の中にもかかわらず、まるで悪事の相談をしているかのように声を潜めた。
「いや、これを治してくれるっていうのなら、いくらかかろうと構わないさ。こうやって人目を避けて過ごすのは、もううんざりなんだよ。だが、本当にちゃんと治療してくれるんだろうね? 信じないわけではないけど、巷では伝説の白亜の建物の方が霊験あらたかだって聞くし……」
スオードもつられて囁くように喋るも、その友人を見つめる瞳にはある種の熱がこもっていた。
「これもあくまで噂なんだが、ドグマチールの近くにある村の村長の奥さんが非常に慈悲深い人で貧しい者たちにしょっちゅう施しをしてたんだが、お前と同じように首のところが火山みたいに汚く腫れあがったけど、ジオール神官長の奇跡の力で完全に良くなったそうだぜ。どれだけ包んだかは知らねえけどさ。感謝して今じゃ足繫く神殿に通っているそうだよ」
事情通を自任する友人はまるで見て来たかのようにベラベラとさえずった。
「よし、わかった。しばらく店は休業することに決めたよ」
遂に決心を固めたスオードは有り金を袋にまとめ、ついでに友人から借金までして用意を整えると、従業員に暇を出し、店を閉めて一路ドグマチール目指して巡礼者のごとく旅立った。フードを被ったその姿もまるで巡礼者そのものであったが。
「というわけで、私は一縷の望みにすがってランデルから遥々やってきて、ようやく神官長様にお目にかかれたというわけで……ん!?」
ようやく話し終えたスオードは、いつの間にか生じた眼前の異変に気づき、目を見張った。なんと、今まで黙って彼の話を傾聴していたジオールの双眸から、滂沱の涙が溢れ出していたのだ。これには他のフードの者たちも一様に驚き、声もなかった。
「とても……とても言葉で言い表せないほど傷つき苦労されたんですね、我が兄弟よ……」
神官長は嗚咽し、言葉を詰まらせながら、なんと神官衣の裾を翻して両手を開き、スオードを力強く抱きしめた。




