カルテ329 牡牛の刑(前編) その22
「まあ、多少痛みはするが、耐えられないってほどじゃないな」
ミノタウロスはガウトニル山脈のごとき両肩をゆすって全身を総点検したが結果は十分合格ラインだった。この程度なら放っておいてもなんてことなく行動にも特に支障をきたさないだろう。
「おお、さっすが最強生物の魔獣さんですねー。そっちの世界のミノタウロスも迷宮に住んでたり処女を食べちゃったりするんですか?」
本多は好奇心駄々洩れの表情で少年のような瞳を輝かせた。
「先生、ちょっとは質問をわきまえて下さい」
セレネースの氷の突っ込みが即入るも、「まあ、いいさ」とケルガーは大人の態度で鷹揚に答えた。
「迷宮に住んだことはないが、恋の迷宮を彷徨ったことはあるし、処女も食ったことは何度もあるな……性的な意味で」
「おいっ!」
今度は本多が突っ込みを入れる番だった。
「失敬失敬、今のはほんの軽い冗談……ってなわけでもないがな。皇帝陛下の近衛兵時代は、向かう所敵なしの俺に群がる女たちがそれこそ花に集まる蜂のようで、対処するのに苦労したもんさ」
エロタウロスは遠い眼をしながら、かつての武勇伝を脳内で反芻した。
「しかしそんないろんな意味で強そうなあなたが、失礼ながらどうしてまた本物の蜂に刺されまくって谷底に転がっていたんですか? 良かったら訳を聞かせてもらえませんか?」
本多の目の色がいつの間にか問診モードにチェンジし、鋭さを増していた。ケルガーはうっと息を詰まらせる。この男は、わりと苦手なタイプかもしれない。
「夜道で油断して足を滑らせ……って言ったら信用してくれるかい?」
「うーむ……聞くところによると、魔獣さんってのは皆暗視能力を兼ね備えているそうなので、その言い訳はちょーっとばかり苦しいですかねぇ……」
「フフッ」
本多の容赦のない突っ込みが冴えわたり、ケルガーは苦笑を漏らした。
「どうやらあんたには全てまるっとお見通しっぽいな、伝説の白亜の建物のお医者さんよ。わかったわかった、治療費代わりに一から全部話してやるよ。でもここだけの話だぞ」
「ええ、構いませんよ。どうせ一生に一度しかお会いできない関係ですし、気にせず何でもかんでもぶちまけちゃってください」
「それもそうだな、じゃあ……」
どこから話そうかと頭を巡らせるうちに、赤いバラの髪飾りが似合うろうたけた美女の姿が鮮明に蘇った。




