カルテ328 牡牛の刑(前編) その21
「よくわからんが、なんか口に突っ込まれたような気がするが……」
ケルガーは無意識に自分の喉元を撫でまわした。
「ああ、あれは喉が腫れて詰まっちゃいそうだったので、喉に管突っ込んでせっせとポンプを押して肺に空気を送り込んでいたんですよ。そうすることで酸素飽和度……要するに血の中の酸素って呼吸に大切なものの値がようやく安全域まで回復したので、やっと僕はポンプの重労働から解放されました。いやー、久々にシュコシュコしたんで手にマメが出来ちゃいましたよ。あんなに励んだのは元妻と海に行くため巨大ビニールボートに半徹で空気入れさせられた時以来ですね。ったくあいつめ……」
本多はペラペラと喋りまくりながら、両手をややいやらし気に開いたり閉じたりする。
「変なアクションしないでください、本多先生。他にも全身に何か所か打撲の跡が見られましたが、骨折までは無いと思われ、命に別条は無さそうだったので、アイスノンなどによるクーリング程度にして、とりあえず処置は後回しにしました。現在身体は痛みますか?」
傍らの看護師が本多の言葉を継ぎ、感情を感じさせない眼差しをミノタウロスに向ける。
(よく見ると結構美人で巨乳だな……でも、この女を口説くのはちょいと骨が折れそうだし、絶対止めといた方がいいと俺の直感が訴えているし、諦めるとするか……)
ケルガーは聞かれたこととは全く関係ない、元色男的な思考を脳内に巡らせたが、何食わぬ顔で、「いや、どこも痛くないですよ、お嬢さん」とやや紳士的に答えた。
「そうですか、それは良かったですが、さっき何か良からぬことを考えておられませんでしたか?一瞬鼻の下が伸びてよだれが出てましたよ」
「ええっ、いつの間に!?」
「ミノタウロスさん、そいつはセレネース様の罠だ! 引っ掛かっちゃいけない!」
慌てて本多が間に入るも、セレネースは氷の視線を更に強化し、「間抜けは見つかった」的な表情を浮かべていた。
「ハッハッハッ、こりゃあ一本取られたな、お嬢ちゃん。確かにあんたをつい値踏みしちゃったことは認めるよ。恐れ入ったぜ」
根っから美女に弱いケルガーは豪快に笑うと負けを認め、角の生えた頭を下げた。
「うわ、やめて! 角が僕の目に突き刺さる!」
本多はスペインの闘牛士……のようには華麗には行かなかったが寸でのところで失明を回避した。




