カルテ315 牡牛の刑(前編) その8
「うーむ、とっくの昔にとっとと逃げ出してしまったのか? 一体どんな姿の魔獣にされたのか、もう少し情報を探るべきだったか……」
「誰かそこにいるのー? 私ならここよー!」
「エ、エリザスかあああああっ!?」
太い首を傾げて物思いに耽っていたとき、突如金の鈴を転がしたような懐かしい声が近くの土中から響いてきたため、ケルガーは咄嗟に我に返ると嵐のような勢いで次々と瓦礫を放り投げ、声の主を探した。
「ブハーッ! 助かったわ! ありがとー! いくら暗い所が魔獣の暗視能力のお蔭で見えたって、怖いものは怖いのよねー」
幸い女性は瓦礫と瓦礫の間に出来た小空間に閉じ込められていた模様で、ケルガー同様怪我も負っておらず、ミノタウロスの怪力でもってすぐに全身を地上に引き上げることに成功した。しかし……
「て、鉄仮面だと!? お前、本当にエリザスなのか!?」
ケルガーは、薄汚れた囚人服を着て、鉄で出来た蝶番付きのフルヘルメットを被った異形の姿に、想像していた美神との落差のために愕然とした。
「こ、これには海より深いわけがあるのよー! 私は嘘偽りなくエリザス・ローザグッドよ……って何よ、あなたこそミノタウロスの化け物じゃない!」
まるで闘技場の奴隷戦士のような格好の女性も、ケルガーの化け物然とした常識を遥かに超えた全身を見て驚愕し、まあ簡単に言うと、お互い様な再会だった。
「その声と性格はまさしくエリザス本人だな。俺はケルガー・ラステットだよ。ハンサムでクールでナイスガイで皆の憧れの色男で夜のヘパロシアの帝王と呼ばれた伝説の男だ。もっとも一夜限りのアバンチュール程度じゃ、バラよりも麗しく蝶の羽よりも可憐な貴族のお姫様の記憶にも残らなかったかい? 悲しくてワンワン泣いちゃうぜ」
ケルガーはあからさまに場違いな歯の浮くような台詞を矢継ぎ早に並べたてながら、身体にまとわりついた砂埃をパッパッと叩いた。
「た、確かにそのキザな言い回しはケルガーそのものね……いいわ、助けてくれたお礼に信じるわ。でも、なんでそんな美味しそうな姿になっちゃったの?」
「おめーのせいだよ! それに美味しそうとか言うな! ウモーッ!」
美人には甘いケルガーもさすがに切れて、万丈の気炎を上げた。




