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カルテ314 牡牛の刑(前編) その7

「任せてくださいミノさん! しっかし見れば見るほど本物の牛そっくりですねぇ~。昔公衆衛生学の実習で朝から山奥の屠殺場見学に行ってホラー映画も真っ青の牛さん解体ショーをかぶりつきで見たことはあったけど、『はーい、ここで内臓を赤モツと白モツにわけまーす。ちなみに赤モツとはいわゆるハツと呼ばれる心臓やレバーと呼ばれる肝臓で……』っていきなり焼肉学の講義みたいになったときは急激に腹が減って困ったもんですが……」


「いいからとっとと気管に管入れてせっせとポンプ押してください先生! 死にますよ!」


 突如学生時代の思い出をペラペラと語り出す本多に氷柱のごとき冷たさの罵声が突き刺さる。


「おおっとダマ〇ム一生の不覚! ついミノさん見て興奮しちゃいまして……河北牛乳!」


「おい、いい加減に……」


 泥のように混濁する意識の中、「こいつ本当に大丈夫なのか?」と白亜の建物初心者なら誰でも真っ先に考えることをいかつい牛頭に浮かべつつ、ケルガーの心は闇に溶けていった。



「エリザス! エリザス! 何処にいるんだ!? 無事か、エリザース!?」


 身を切るような寒さの中、崩れ落ちた建物から何とか這い出したミノタウロス姿のケルガーは埃が舞い立つ灰色の空の下、あらん限りの声を張り上げて、愛する女性の姿を求めた。突然の魔獣創造施設の崩落により生き埋めになりかけるも、その強靭な肉体のお蔭で傷らしい傷はほとんどなく、しかもたまたま太い柱の近くにいたためか、落下物は意外と少なく、身体へのダメージを最小限に止めることが出来た。運が良かった、と言うべきだろう。


 しかし彼の周囲は惨憺たる有り様で、瓦礫からはみ出した長袖の白衣を着た人間の手足や、なんだかよくわからない獣の尻尾がちぎれたようなものや、果ては巨大な魚の一部のようなものなどが所々に散逸し、地面はべっとりした血糊がこびりつき、酸鼻を極めていた。何か余程莫大な力が建物内から一気に飛び出し、全てを瓦解させたのかもしれない……これが地震でなければの話だが。


「返事をしてくれ、エリザース!」


 しかし、それはともかくとして、廃墟の何処にも彼の想い人の美しい金髪姿は見当たらず、彼の心は焦燥感に駆られ、熱気が喉から吹き上がらんばかりだった。

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