カルテ306 眠れる海魔の島(後編) その35
「それに、何百年もの間海底の岩から剥がれなかった海魔の強靭な触手が、たかがサメ一匹がぶつかった程度で解けたということは、さしもの勇者ゲンボイヤの忍耐力も限界に達していたのかもしれん。遅かれ早かれ、いつかはこうなるだろうという予想はしていたと母親も語っている。
この際ご先祖様には、ある意味しばしの休息を取っていただいたものと割り切って、心機一転を巻き直しを図り、またしばらく……つまり数百年程海底生活に励んでいただこう」
そこまで一気に話すとゼローダは視線を下方のイレッサに向け、咳払いを一つした。
「それに、何だな、その……こんなこと言うのも恥ずかしいものだが、貴様も自分自身の仕出かした事の重大さをわかっていたのか、命を賭けてともに戦ってくれたしな。戦友を罰することなど俺にはできん」
「ゼロちゃああああああああん!」
予想外の賛辞に感激した腐れイーブルエルフは跳ね起きると衝動的に熱いベーゼをゼローダにぶちかましそうになるも、寸でのところで日焼けした腕に阻止された。
「勘違いするなよ、邪悪な妖精族め! 貴様を許すのは、命を取らないという一点においてのみだ。見ての通り、フィジオ村には甚大な被害が出たため、首都の衛士に突き出され、鞭打ち百回の刑を免除されたくば、今回の被害に対して耳を揃えて弁償してもらおう!」
「んもー、ゼロちゃんったら最後までイケズなんだからー。でもお金で済む話ならまーかせて! うちに帰ったら古代のお宝がザクザクあるし、貧相な掘っ建て小屋なんかじゃなくって、津波にも負けない豪勢極まるお城をぶっ立ててあげるわよーん!」
急に元気になったイレッサは、右手の親指と人差し指で丸く輪っかを作って気持ち悪くウインクした。
「いや、さすがにそんな物騒な物建てられても困るんだが……下手したらジャヌビア国王陛下に対して謀反の意有りと受け取られかねんわ! だが村の復興費用として、金ならありがたく受け取っておこう」
「ありがとーん! 宇宙一愛してるわー! でもついでに鞭打ちぐらいならやってくれちゃってもいーのよーん! あたいってばマッコウクジラちゃんの超音波攻撃にも耐えた生粋のマゾなんだし、伝説のマゾって呼んでくれなーい?」
「……なんだかさっぱりわからんが、その呼び名だけは語り継いでいってやろう」
ゼローダは掴みどころがなく奔放過ぎるイレッサにあきれ返りながらも、小さく苦笑したという。




