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カルテ287 眠れる海魔の島(後編) その16

 元々魔力の高かったゲンボイヤは薬物の投与の力も借りて魔獣化することが出来たが、彼の変じた巨大なタコ状の魔物は理性で行動をほとんどコントロール出来ず、ひたすら人間を排除して海を目指し、海中で大暴れして津波を起こすという凶悪な代物で、帝国側でさえ扱いに困りかね、一度は処分も検討された。だが高い再生能力を有するため殺すことは困難であり、また、帝国軍人でもある施設職員が決死の覚悟で解毒薬を口腔内に放り込んだところ何とか人間形態に戻ったため、処分は一旦保留された。


 そもそも魔獣化まで至らず死ぬ者が多い中、せっかくの成功例ではあるし、何か有効活用する道はないかと上層部が協議を重ねた結果、恐るべき計画が持ち上がった。それは、彼にお目付け役を一人つけ、故郷のアラバ島まで一緒に行き、そこで満を持して魔獣化させ、海沿いに面したジャヌビア王国の首都もろとも一挙に津波で滅ぼしてしまおうという凄まじいものであった。


 当然のごとく拒否するゲンボイヤであったが、帝国側は捕虜である彼の兄弟の命を盾に服従を迫った。さらに施設職員は、卑怯なことに彼の食事や飲み物に依存性のある麻薬をこっそり仕込み、徐々に麻薬中毒に仕立て上げた。この二つの作戦でさしもの勇者も精神の働きに乱れが生じ、自死したくても魔獣合成化の時にかけられたさいの暗示のせいで実行することもかなわず、ついには悪魔の軍門に下り、故郷を滅せよとのインヴェガ帝国皇帝の下知を承諾した。


 かくしてゲンボイヤは、麻薬と魔獣変身薬とその解毒薬を携えた、ジャヌビア人によく似た風貌の帝国軍人と共に、帝国領を縦断しガウトニル山脈を越え、ユーパン大陸を南下していった。連れの軍人は非常に用心深い男で全く隙がなく、麻薬を餌にされ、また「帝国軍人を襲うな」との暗示を植え付けられていたため、ゲンボイヤに反逆の自由はなかった。外見から特に帝国側と間違えられることもなく、旅は拍子抜けするほど順調に進み、時には馬に、時には舟に乗って先へと進み、遂に二人はアラバ島のフィジオ村へと無事たどり着いた。


 とうに息子たちは全員戦死したものと諦め悲嘆の底にあったゲンボイヤの両親は突然の再会に腰を抜かさんばかりに驚き、収容所で知り合った同胞と共に帝国を脱出して帰り着いたという息子の嘘話を素直に信じ、滂沱の涙を流して喜んだ。そして連れの男の提案で、その夜浜辺で村を上げての大宴会が催される運びとなった。これもそのスパイたる男の差し金で、村人を海岸沿いに集め、酔わせて一気にまとめて殺そうという企みであった。


 しかし肉体を酷使する長期間の旅行が良かったのか、それとも懐かしい故郷の潮風が効いたのか、多少なりとも麻薬の悪影響から脱したゲンボイヤに、わずかだが熱い戦士の血が蘇った。

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