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カルテ188 閑話休題 その66 運命神のお告げ所(後編) その4

 ちょうど雲間から覗いた細い月の光が一条の矢となって、その禍々しい頭部を射抜く。


「あああああ……」


 テレミンは初めて遭遇した異形の怪物に心胆寒からしめるものを感じ、息をのんだ。茶色の毛皮に覆われ、湾曲した二本の角を頭部に頂き、炎のように爛々と燃え盛る両のまなこの前方に突出した鼻先には大きな鼻の穴が荒い息を吹き出しており、その下にあるワニの如く大きく裂けた口からはよだれが滴り落ちていた。主用武器の斧こそ持っていないが、筋骨隆々とした人間の身体を持つそれは、紛れもなく神話の生物・ミノタウロスだった。


「な……なんで伝説上の魔獣がこんな所にいるんだよ!?」


「はっ、そうか、わかりましたよテレミンさん! ウオーッ!」


 人狼化したダオニールが、何かを悟ったような顔をして、月に吠えた。


「人肉好きな魔獣だから、ちょっと獣人も食べたくなって、穴兎族の子供を夜食代わりにさらったというわけですね!」


「なるほど! そうなのか、ビーフステーキ野郎!?」


 先ほどまで怯えていたテレミンもいつの間にか調子づいて、ダオニールの尻馬に乗った。


「そんなバカな質問に答えてやる義務はない……が、どうせ俺のこの姿を見て生き延びた者はいないのだから、特別サービスで教えてやろう。答えは『否』だ!」


 ミノタウロスは雄々しく叫ぶと、再び側の岩石を軽々と引っ掴み、上手投げで投石した。


「なんの!」


 ダオニールも心得たもので、テレミンを両腕に抱いたまま素早く動いて難なく岩をかわした。


「ほほう、中々やるな。ならばこれでどうだ!」


 身体に纏ったコートと同色の毛皮を徐々に強くなってきた夜風になびかせながら、猛るミノタウロスは先ほどのお返しとばかりに次々と岩を放り投げてくる。しかし足場の悪さを物ともせず、人狼はかすりもしないで次々と凶器の雨を避け続けた。


「フフッ、それでうまくいったとでも思っているのか?」


 余裕綽々な態度を崩さないミノタウロスは、巻き起こる砂煙の中で鼻を鳴らした。


「どういうことです? 現にあなたのへなちょこ石合戦では私を捕らえられないではありませんか」


「ダオニールさん、やつは僕たちを追い詰めていたんだ!」


「えっ?」


 テレミンの指摘に、思わずダオニールは振り返った。確かに彼の言う通り固い地面はそこで途切れ、底知れぬ深い崖が口を開けていた。


「なるほど、存外バカではなさそうですね。しかし結局当たらなければ無意味ですよ。高山での戦いを得意とする人狼族に、平地で暮らす鈍牛ごときが勝てる道理はありません」


「別に岩を当てるつもりなんか端からないさ、オオカミさんよ」


 ケルガーはおもむろにコートのポケットから何かを取り出すと目の前にかざした。


「いけない、護符だ! ダオニールさん、早く遠くへ!」


「もう遅いわ! ダカルバジン!」


 ケルガーが荒々しく解呪を唱えると同時に、ダオニールの立っている足元に無数の亀裂が走ったかと思うと、轟音を立てて地面が陥没し、深淵に向かって滑り落ちていく。


「「うがあああああああーっ!」」


 ダオニールは逃げる間もなく、テレミンもろとも奈落へと消えていった。


「やれやれ、バカはお前さんたちの方だったようだな。インヴェガ帝国の魔獣創造施設の地獄に耐え抜いた俺様に勝てるとでも思ったのか? あばよ」


 今や嵐のように吹き荒れる山風に曝されながら大きな口元を歪ませると、魔獣は不敵な笑みを浮かべた。

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