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カルテ176 伝説の魔女と辛子の魔竜(前編) その9

「いいですよ。私は普段は弟子は取りませんが、特別にあなたを弟子とします。事情が事情ですしね。ところで、あなたのお名前は?」


 思いがけぬ返答に、魔竜はガバッと泥まみれの顔を上げ、驚愕の眼差しで魔女を見つめた。血と雨に濡れた草花が風圧で激しくどよめいた。


「ほ、本当にいいんですか、私みたいな人外の怪物を……」


「人外の怪物でしたら先ほど話したように知り合いに既にいますし、お気になさらず。で、お名前は?」


「エミレースといいます。もっとも人間だった時の名前ですが……」


 久々に名乗った銀竜は、微かに悲し気な表情を浮かべ、睫毛を伏せた。


「ではエミレース、時間がもったいないのでさっそく特訓を開始します。そして見事人間の姿になれた暁には、私と一緒にあなたにおもちゃにされたポノテオ村まで一緒に来て下さい」


 ビ・シフロールはすました顔で、突然とんでもないことを口走ったため、またもやエミレースの眼が皿になった。


「ええええええええええっ!? 無理ですよ! そんなことをしたら、村人たちになぶり殺しにされちゃいますよぉ!」


 銀竜ことエミレースは、岩をも砕かんばかりの叫び声を発し、あちこちの山々から返って来た木霊が木々を揺さぶった。


「ハハハ、いざとなったら最強の魔獣である毒竜に変化できる者を殺せる人間は、私以外に誰もここにはいませんわ。御安心なさい、村人たちにはあなたのことは、竜退治に同行した私の押しかけ弟子だということにしておきます。まんざら嘘でもないですからね」


「でも、なぜそんなことを……?」


「こんな孤独な場所に、とてもあなた一人だけで放っておけませんからね。何はともあれ、人間復帰の第一歩として人里に降りることが肝心です」


「し、しかし、私は、村を……」


「確かにあなたが、不可抗力とはいえ自分が残虐行為を働いた村なんぞに行きたくない気持ちはよくわかります。ですが、自分のしでかしたことを放置し、見て見ぬふりを貫いても、それはかえってあなたの心に澱のように沈み、後悔という名の毒となって後々徐々に精神を蝕んでいくことでしょう。今ならまだ辛うじて間に合います。ここで現実と向き合っておかねば、今後本当に野の獣となって果てしない時を過ごすことになりますよ。また、私はこの先あなたを連れて旅を続ける余裕はないですし、しばらくこの村に留まって今後の身の振り方を考えるべきです。そこであなたは、来るべきものが降臨するのを傷ついた村人たちと一緒に待ち、彼らとともに癒されなさい」


 未だに尻込みするエミレースに対し、ビ・シフロールは聞き分けの無い子供を諭すように淡々と説明した。


「癒されるって、いったい何に……?」


「決まっているでしょう、伝説中の伝説たる存在、白亜の建物にです」


「は、はくあのたてもの!?」


「ええ、私の予感では近日中にあの建物がこの近辺に姿を現します。臭覚が敏感な人間にとって大気の臭いから雨を予測することが可能なように、周辺に燻る独特の魔力から、私には感じ取ることが出来るのです。ですが、かつて一度遭遇したことのある私がここにいては、建物はそのまま流れる雲のごとく通り過ぎていってしまいます。ですからあなたはこの地に残った方が良い。これが、師匠としての弟子に対する第一の命令です。従うことができなければ、私たちの関係はなかったものと見做します」


 伝説の魔女の下知は、森厳さを伴って弟子たる巨竜の耳元で万雷のごとく鳴り響いた。少なくとも、エミレース本人にはそのように感じ取られた。最早竜にとっては嫌も応もない。


「はい、わかりました!師匠のおっしゃる通り、ポノテオ村に向かいます!」


「わかればよろしい」


 ようやく雲間から顔を覗かせた光も彩な太陽に照らされ、莞爾として赤毛の魔女は艶やかに微笑んだ。雨上がりの空には二人の契約の証のごとく、七色の虹がきらめいていた。


挿絵(By みてみん)

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