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カルテ173 伝説の魔女と辛子の魔竜(前編) その6

「エミレース姉さん……」


 我知らず禁断の一言を口にしてしまったエリザスだったが、そのつぶやきは吐息よりも微かなものだったため、「ほう、見事なものじゃのう。突き刺さったらただじゃすまんな」とか、「綺麗だニャー、まるで東の国の剣みたいだニャー」とか、「こりゃすげえ、前回お邪魔した時全然気が付かなかったわ」という仲間たちのざわめきにかき消され、誰も気にすることはなかった。


(危ない危ない、口を慎まなくちゃ。でもこれで間違いない。エミレース姉さんがこの村で伝説の魔女とやらに倒されたという話は事実だわ。あの角を見忘れるものですか)


 とにかくエリザスの疑心は払拭されて確信に変わり、胸中の鼓動が一段と速まったが、さりげなく水を一口飲んで沈静化に努めた。ここでまたメデューサに変化したら一大事だ。


「実は私の妻も、あの時邪竜に食い殺されたうちの一人でして、私は悲嘆と憎悪に暮れ、いっそ自ら死んでしまおうかとも考えました。しかし病気の一人息子を残して後を追うわけにもいかず、この角を見つめながら妻のことを忘れず、村を再興することを心に誓って今まで生き続けてきました」


 村長は瞳に揺らめく暗い陰りを宿しながらも、あくまでも穏やかに話を続けた。「お気の毒に……」とエリザスは慰めの言葉が喉元まで出かかったが、彼の最愛の人を惨殺したのが他ならぬ自分の姉の成れの果てだと気づいた途端に、凍り付いたように何も話せなくなってしまった。


 果たして自分はこの呪われた村に来て良かったのだろうかという根源的な思いが心の奥深くから押し寄せてきて、精神の表面にさざ波を立てる。他の三人も、彼女の重苦しい胸の内を察したのか、皆黙々と獣の肉を食べることにのみ集中し、無言のまま時が流れた。


「そういやこのイノシシは村長さんが自分で捕まえたのか? 大した腕前だな」


 ランダに止められたにもかかわらず相変わらずエールを手酌でひっかけているダイフェンが、エリザスへの助け舟のつもりか話題を強引に変えてくれた。


「いえ、この肉は貰い物でして、いつもわざわざ届けてくれる親切な方がいるんですよ」


「ほう、猟師の知り合いでもおられるのか? それにしても実に素晴らしい味じゃったのう」


 自分の分の料理を既にぺろりと平らげてしまったバレリンが、物欲しそうな眼差しを村長の皿に向ける。


「いやいや、それがか弱い女性の方でして、エナデールさんといいます。ほら、先ほど魔女ことビ・シフロールが弟子を連れていたって言ったじゃないですか。その弟子が彼女なんですよ」


「「「「……はぁ?」」」」


 一同の口がそろってコップの縁のように丸くなった。


「どどどどどういうことよそれ!? エナデールですって!?」


「竜退治したらとっとと帰ったんじゃないのかよ、村長さん!?」


「なんで魔女の弟子なのに獣が捕れるんだニャ!? 魔法かなんかかニャ!?」


「すまんがイノシシの肉のお替わりを貰えませんですかのう……」


 皆それぞれ好き勝手な質問(一人だけ質問でないが)を矢継ぎ早に村長に浴びせかける。


「まあまあ皆さん、落ち着いてください。そんないっぺんに言われても答えられませんよ。とりあえず腹ペコドワーフさん、はい、どうぞ」


 席から立ち上がった村長は側の棚からイノシシの肉が盛り付けられた皿を手に取ると、手際よく餓えたバレリンに手渡した。


「おう、すまんのう」


「その用件は一番後回しでいいニャ! その弟子とやらはいったい何者なんだニャ!?」


 切れかけたランダが突っ込んでくれたので、エリザスの溜飲は下がったが、それと同時に、ドワーフの受け取った料理に、とある奇妙な物を発見し、一瞬背筋が凍りついた。


(あれは、いったい……!?)

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