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カルテ169 伝説の魔女と辛子の魔竜(前編) その2

 銀竜の方はといえば、先ほどの魂も凍りつかんばかりの雄叫びと同時に、長い銀色の髪の毛がまるで命を帯びたかのように一本一本逆立ち、それぞれ別々の方向へと伸びていった。その針のごとく尖った先端から、プシューッと空気の漏れるような音と同時に、辛子のようなツンと鼻を刺す刺激臭が周囲にじわじわと広がっていった。


 もし臭いに色があったとしたら、竜の周りを取り巻く空気は淡い黄色に染まって見えたことだろう。臭いのきつさが増すに従って、女の顔をした怪物は人間のごとく口角を持ち上げ、酷薄な笑みを形作った。


「タキソール!」


 いつの間にか紺色の護符を空に掲げた黒いローブ姿の女性が声高らかに解呪を唱えた途端、銀竜の頭上から時ならぬ豪雨が音を立てて降り注ぎ、その刃物の切っ先のごとく光り輝く全身に叩きつけた。


「フフッ、いくら目に見えないからといっても、あなたのメイン武器が辛子の臭いのする毒ガスだとわかっていれば、戦い様はいくつでもありますのよ。例えば風で拡散させるとか、今みたいに雨で全て洗い流すとか、ね」


 彼女は密やかな微笑を浮かべるとともに、使用済みの護符を懐にしまい込んだ。


「グガアアアアア!」


 魔獣は明らかに怒りのこもった視線を正体不明の女に向けると、パッと両翼を広場いっぱいに大きく広げた。それはすなわち第2ラウンド開始の合図でもあった。



「ちょ、ちょっと待ってよ、皆ーっ!」


 肩に荷袋を引っ掛け、長い金髪を後ろで束ね黒いローブを纏ったエリザスは、ゼイゼイと息を弾ませながら、前方の山道をスタスタと歩く三人に声をかけた。


「なんじゃなんじゃ、まったくだらしないのう、お前さんは。泣く子も黙る最強の魔獣メデューサなんじゃろうが? この前わしを石に変えおったくせにのう、フン!」


 大きな茶色いリュックを背負ったドワーフのバレリンが、後ろをちらっと一瞥し、からかうような口調で答える。


「だからその件は謝ったじゃないのーっ! それにわざとやったんじゃないってーっ! 大体魔獣っていったって、メデューサは髪の毛が蛇で石化能力を持つ以外、人間とそんなに変わりないんだってばーっ!」


「やれやれ、言い訳ばかりしおって。わしより少ない荷物のくせに、情けないったらありゃしない。酒は強いくせに」


「まあ、そのくらいにしておいてやれよ、バレリンさん。ここいらで少し休憩といこうじゃないか。目的地までは後少しだし」


 先頭を歩く、バイオリンケースや荷袋を背負ったダイフェンが立ち止まり、嫌味をタラタラとこぼすバレリンの肩を軽く叩く。


「後少し後少しってさっきから何回も言ってるけど、村なんて影も形も見えないニャ、ダイフェン!」


 猫耳をピンと立てたランダが、不満気に頬をぷんぷくりんに膨らませて抗議する。


「ハハッ、山歩きの時は、『後少し』って言い続けるのがいいって昔親父に教わったんだが、ばれちまったか」


 ダイフェンが怒れる嫁に対して悪びれる様子もなく、ペロッと舌を出す。


「ムキーッ、このクソ旦那!」


「だが、確かに休憩するにはうってつけの場所だのう、ほれ」


 バレリンが犬も食わない夫婦喧嘩を尻目に、今まで通って来た方角に視線を向け、目を細める。彼の言う通り、ちょっと開けた高台の様なその場からは、タガメット山の裾野に広がる広大な森林を眼下に収めることが出来た。雲一つない秋晴れの空の下、燃え上がるような紅葉が正午の日光を受けて見渡す限り周囲いっぱいに照り輝き、あたかも地上に忽然と出現した炎の海のようだった。


「「「ほお……」」」


 残る三人も思わず同時にため息をつくほど、その天然の美は壮麗かつ雄大だった。

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