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カルテ164 閑話休題 その59 新月の夜の邂逅(後編) その8

「まあよい、何事も勉強ということだ。今後も精進を怠らぬようにな。さて、と……」


 長広舌を振るったためか、銀仮面の下で一息入れると、グラマリールは新月の夜空よりも濃い闇と化した眼下の仮初めの大海原を見渡した。


「とにかくこれで、虫ケラどもの大掃除がようやく出来るな。わしも大魔法を連発したせいか、少々疲れたわい。とどめはお主がさしてやれ、クラリス」


「はっ、ありがたき幸せ!」


 絶対君主から命を受けた忠臣は、すっくと立ちあがると、懐から乙女の唇の如き薄紅色の護符を一枚抜き取った。彼女の視線は知らず知らずのうちに漆黒の浪間の一点に集中する。そこには、先ほど無謀にも彼女と学院長に戦いを挑んできた不遜な有翼の獅子が、黒い油にまみれて木の葉のように浮きつ沈みつしている。おそらく気を失っているのだろう、ぴくりとも動く気配がない。


「フフ……」


 美人秘書の覆面で隠された口元に酷薄な笑みが浮かぶ。


「では、参ります」


 彼女は大きな胸をさらに膨らませて一呼吸すると、この長い長い新月の夜に終止符を打つべく、致命の解呪を唱えようとした。しかし……


「何っ!?」


 突如、失神していると思われた生贄の獅子がむっくりと大きな身体を起こすと、油膜に覆われた翼を水面に打ち付け、黒いわだつみから飛び立ったのだ。


「おのれ、性懲りもなく意識を取り戻したのか……ならば!」


「待て、クラリス! 何かがおかしい!」


 宙に浮かび上がった魔獣に護符を突き付けるクラリスに対し、グラマリールが待ったをかける。


「ど、どうしたのです、学院長様!?」


「落ち着いてマンティコアの顔をとくと見るがよい。あやつはまだ、気絶したままだ」


「えっ!?」


 確かにグラマリールの指摘する通り、フシジンレオの瞳は両眼とも白目を剥き、半開きの口からはよだれがとめどなく滴り落ちていた。到底意思疎通可能な者の表情とは言い難い。


「あの畜生の中に燃え盛る太陽のような凄まじい魔力の塊を感じるのだ。それも徐々に膨れ上がっておる。どうやらあやつが意識を失った直後からのようだ」


「お……おっしゃる通り、わかりにくいけれども、膨大な魔力を覚えます。恐れながら申し上げますと、学院長様をも上回るほどの強さの魔力を……こ、これはいったい……」


 黒覆面の下のクラリスの唇が青ざめ、頬は緊張のあまりわなないていた。今や獅子の姿は、幼虫から成虫へと生まれ変わる蝶のように変貌を遂げつつあった。背中の一部がコブのように大きく盛り上がり、何かの形を取ろうとしていた。コブの上部が壺の口のようにくびれ、長く赤い髪の毛の生えた人間の頭部を形作っていく。両肩からはすらりと伸びた形の良い両腕が生じて、先端の五指まで次々と生え揃う。胸には大きな膨らみが二つ生じ、その者の性別を雄弁に物語る。


 マンティコアの異変に衝撃を受けていたのは、海上の仲間たちも同様であった。


「どうしたというのだ、エロ猫!? あまりにもおっぱい好きだから、とうとう自分自身にまでおっぱいが生えたのか!?」


「ちょっと、落ち着いてちょうだいミラちゃん! 興奮し過ぎよ!」


「フシジンレオさん……あなたは……まさか……」


 三人がうろたえる中、さらに変身は進行していく。まるでその姿は、上半身は美女で、下半身は怪物の、伝説の海の魔獣・スキュラのようでもあった。そしてその胸元には、磨きぬかれた真珠のように乳白色に淡く輝く護符が存在していた。

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