表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/739

カルテ158 閑話休題 その53 新月の夜の邂逅(後編) その2

「あちちちちっ!」


「滅茶苦茶熱いじゃない! 何なのよこれ!? あたいの水虫ちゃんを熱湯かけて焼き殺そうっての!?」


「イレッサさん、水ですよ、水!」


「……はっ、そうか! わかったわん! タキソール!」


 突如彼らの周囲にのみ集中豪雨が滝の如く降りかかり、熱傷寸前の皮膚をくまなく冷やす。


「ふほぉーっ、焼け死ぬかと思ったわい。まだ身体中ヒリヒリするがのう」


 フシジンレオが、猫みたいにいつも以上に赤くなった右前足をペロペロ舐める。


「私もだ。だがありがとう、シグマート。よくぞ幻想の世界から私たちを連れ戻してくれた。あのまま夢の中で寝首を掻かれていたかと思うとゾッとする」


 全身ずぶ濡れのミラドールが、プラチナの髪の毛から雫を垂れながらも少年に一礼する。


「ったくシグちゃんったら、やり方が乱暴だったけど、あたいからも礼を言うわ。しっかしよくあなた自力で起きることが出来たわねー、テネリアの花粉を吸って昏倒した人は、ちょっとやそっとじゃ目覚めないっていうのに」


 イレッサも怪しく身体をくねらせながら、ミラドールの尻馬に乗って少年を誉めそやす。


「いえ、僕も自力ってわけじゃなくって、幻覚の中で、知らない女性の声に叱咤されて、我に返ったんですよ。皆さんには聞こえませんでしたか?」


「「「そういえば、聞こえたような……」」」


 三人の声が期せずして和し、顔を見合わせる。


「なんだ、じゃあ僕と一緒じゃないですか。どうしてその時起きなかったんですか?」


「私はその……もう少し美味しいお酒を味わっていたかったから……」


 ミラドールがせっかく熱湯による赤みが引いてきた頬を朱に染める。


「あたいはその……もっとお尻をスパンキングして欲しかったから……」


 イレッサがよくわからない専門用語を述べながら、クネクネと身をよじる。


「我輩はその……ちちビンタリカちゃんともっと楽しみたかったから……」


 フシジンレオが恥ずかしそうに巨体をもじもじとさせる。


「つまりあんたら全員欲望に打ち勝てなかったんかーいっ! ダメだ、こいつら……」


 シグマートは一瞬クラっときたが、そんな悠長な場合じゃなかったと思い直し、気を引き締める。この場は自分が仕切らないと、全滅しかねない。


「謎の女性の声はともかく、襲撃してきた敵がまだ近くにいるのはほぼ間違いありません。決して油断しないでください」


「そうね、シグちゃん。しかしあのすっごい地震も護符の力だったってこと? いったい何百年物の骨とう品なのよ……」


 濡れた犬のように身体を身震いさせて水滴を周囲に飛ばしまくりながら、イレッサがいぶかしげにつぶやく。


「それで、私たちを外に誘き出し、この霧で視界を奪い、さっきの毒花の花粉の護符で昏倒させた、というわけか? なかなかの策士だな……」


 ミラドールも、白いとばりの奥に目をやりながら愁眉を形作る。


「くそ、あんな素晴らしい効果の幻覚の護符があるんなら、なぜとっとと我輩に教えんのじゃ、使えん小僧め……」


 こんな窮地にあっても、一人フシジンレオだけは相変わらず我が道を突き進んでいた。


「あんなレアなもん持ってませんよ! それよりも、まずはこの厄介な霧をなんとかしないと……」


「あたいの暗視能力つきの視力の良い目をもってしても、何も見えないわね。ま、いっちょこの程度、風の魔法で……」


 イレッサが自慢げに言いかけたとき、濃厚なミルクのような幕を突き破り、どこからともなく灼熱の火球が飛来してきた。


「危ない!」


 シグマートの悲痛な叫びが木霊した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ