カルテ144 グルファスト恋歌 その9
「ありがとうございます、ホンダ先生! なんとお礼を申し上げていいやら……
今まで誰にも相談できず、一人でうじうじと悩んでいたんです」
「いえいえ、こんなことくらいどうってことないですよ~」
まだズボンを降ろしたままで深々と頭を下げるマリゼブに対し、医師はあくまで秋空を流れる雲の如く飄々としている。
「でもママ、ミルトンにくらいおしえてあげてもよかったんじゃないの? どーせけっこんしたら、ふたりともすっぽんぽんになって、あんなことやこんなことをくんずほぐれつしたりして、こどもをこさえるんでしょ?」
いつの間にやらワンピースを脱ぎ捨て下着姿になっていた小悪魔が、激しいジェスチャーを交えながら、年齢にそぐわぬ恐るべき意見を述べる。
「ネシーナ! あんたそんなこと誰から聞いたの!? 赤ちゃんはカミナリ鳥がお空から連れてくるって教えたじゃない!」
「ママ、うそはほんっとーによくない! このまえおじいちゃんがおさけをのんでよっぱらっているときに、『じっさいのところ、こどもはどーしてうまれるの? ちゅーしてあげるからいっちゃいなさい』ってたずねたらこころよくおしえてくれたよ! ママやおばあちゃんにはないしょだっていってた!」
「あんの糞オヤジ……子供になんちゅーことを」
5歳の娘に手玉に取られて、歯ぎしりしながらマリゼブが頭を抱える姿は、ミルトンからすれば悪いけれどかなり滑稽だったが、同時に、僅かながらも滲みだすような哀愁を感じた。
「マリゼブ……」
「ごめんなさいね、ミルトン。今まで内緒にしておいて。こんな嘘つき者の私のことなんて、もう嫌いになっちゃったでしょう? ただでさえ年増でコブ付きなのに、醜い奇病があることを隠していたなんて知って……いずれはばれてしまうんだったら、確かに娘の言う通り、勇気を出して伝えておけばよかったわ……」
萎びた野の花のように気落ちしたマリゼブが、自嘲気味に呟く。その負の塊のような姿を前にして、締め付けるような痛みがミルトンの胸中に沸き起こった。
「そ、そんなこと欠片もないって。全然気にしちゃいないよ」
「そんなに無理に気をつかってくれなくてもいいわよ。あなたに嫌がられたくなくてずっと言えなかったんだけれど、隠し事をしていた私が悪いんだから……時々よそよそしかったのも、私のそういう後ろ暗いところを察知していたからなんでしょう? もう、いっそ……」
「違う!」
どんどん自己嫌悪のループに陥っていくマリゼブを遮って、しびれを切らしたかのように、ミルトンが叫んだ。
「違う違う違う違う! 違うんだ! 俺だって、君と同じなんだよ、マリゼブ! 君にずっと大事なことを教えず黙っていたんだ! だから、バレるのが凄く怖くて、一歩を踏み出せず、今の関係から進むことができなかっただけなんだ! 卑怯者は俺の方だ!」
「えっ、それってどういう……」
瞳に光が戻ったマリゼブが顔を上げると同時に、腹を決めたミルトンは、自分のズボンのベルトを引っ掴むと、勢いよく一気に下半身を覆っていたものを脱ぎ捨てた。丁度お茶を持ってきたセレネースが開けたドアの隙間から、今まさに沈まんとする太陽の赤光が射し込み、彼の二本の大木のように筋骨たくましい太腿とふくらはぎが射抜かれる。
「え、えええええええええっ!?」
「ぅわーい、ミルトンったらだいたーん!」
「ほーう、これはこれは……」
「何なんですか、この東映はだか祭りは?」
突然の新たなストリッパーの出現に、四者四様の反応を示す。一同の眼前に曝された、隆々と聳え立つ門番の両下肢には、マリゼブに存在するのと同様の、身をよじらせて苦悶する蛇にも似た、立派な皮膚の隆起がありありと見受けられた。
最近新規の方が増えてとても嬉しいのですが、誠に申し訳ございませんがお盆で公私共に色々ありまして、今週は金曜日の更新をお休みさせていただきます。
次回は8月21日更新予定です。では、皆様良いお盆を。




