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カルテ141 グルファスト恋歌 その6

 羞恥心で顔を真っ赤にしたマリゼブが慌てて前を手で隠すも、時すでに遅し、彼女の両膝より下の下肢にくっきりと浮かび上がった異常な陰影は、その場にいた全員の視線に曝されてしまった。


「……蛇!?」


 ミルトンがいみじくも口にした通り、皮膚の表面を命あるもののようにうねうねと這っているそれは、あたかも体内に巣食う蛇そのものであった。周囲の皮膚はやや赤黒く変色し、見ようによっては雨の日に地上に出て来ていつの間にか晴れ上がったため太陽に焼かれて死にかかっているミミズにも思われた。


「おほーっ、こりゃまた立派な下肢静脈瘤ですなー」


 急に背後から能天気な声が降ってきたので、セレネース以外の一同は飛び上がらんばかりに驚き、後ろを振り返った。磨き上げたように光り輝くテカテカした球体がそこにあった。いや、それは球体なんかではなく、柳の枝のように垂れた細目とやや低い鼻としまりのない唇の付着した中年男の顔で、その下には白衣を纏った身体もちゃんとあった。どうやら折からの窓から差し込む強烈な夕日の為、逆光となって頭部のみが強調されていたため、皆の網膜に焼き付いてしまったのだろう。


「だ、誰ですか、あなたは!?」


 醜い脚をマジマジと凝視されてうろたえたマリゼブが思わず投げつけた革靴が、彼の輝く脳天を直撃した。


「ぐげあっ!」


「やれやれ、いい加減それくらいかわしてください、先生。学習能力ないんですか?」


 カウンターに控えた冷徹な看護師が、助けるそぶりも見せずにコメントする。

 

「先生ですって? と、いうことは……」


「あつつつつ……なんか最近こんなのばっかで生傷が絶えないんですけど僕……確かに回避技能を身に着けないとダメかな? 護身術でも習いに行こうかしら? ええと、自分がここ本多医院の院長こと、本多です。以後よろしく、皆さん。できれば優しくしてくださいね~」


 しゃがみこんで坊主頭を抱えながらも、本多はいつもと変わらぬふにゃふにゃしたしまりのない笑みを浮かべ、一同に対して挨拶した。


「そして私は受付嬢兼看護師のセレネースと申します。以後よろしく」


 本多に続いて赤毛の巨乳美女も、まったく感情のこもっていない機械の如き調子で自己紹介した。


「た、大変失礼しました! 最近身近でいろいろあったもので、つい過剰反応してしまって……本当にごめんなさい」


 ズボンを直そうとしながらも、マリゼブが必死にぺこぺこと頭を下げて謝罪する。


「まあまあ、よくあることなんで気にしないでくださいな。


 ドワーフおやじに吶喊されたり、リザードマンの尻尾で叩かれたり、よくわからんイーブルエルフの魔法攻撃を受けたり、あげくのはてにはメデューサに石化されているうちに僕の大事な髪の毛を根こそぎ奪われたりしましたからね。それに比べれば、これくらい野良犬に噛まれたような程度ですよ……ってなんか言い回しが間違っている気がするけれど。しかしこりゃー結構足がだるいんじゃないですかね? むずむずしたりするでしょう?」


「……よくわかりますね、その通りなんです。半信半疑でしたけど、本当にあなたは異世界のお医者さんなんですね!」


 彼女が顔を上げ、驚きを露わにする。


「ひょっとして炊事とかの立ち仕事をやっておられたりする、奥さん?」


「どどどどどうしてそこまでわかるんですか!?」


 マリゼブは足を隠すのも忘れ、思わず声を荒げてしまった。傍で様子を眺めていたミルトンも、あっけにとられ、口をあんぐり開けてしまった。これは一体どんな魔法だ?


「だーから言ったじゃないですか、下肢静脈瘤だって。フフフフ……」


 本多医師はいつの間にやら彼の背後に回ったネシーナに、ツルピカ頭を「よしよし、いたくないいたくない、いいこいいこ」と撫でられながらも不敵にほくそ笑んだ。


「……カシジョーミャクリュー? それってモンスターかなんかか?」


 ミルトンもついに耐え切れず、会話に割り込んでしまった。この男、一見ひょうきん者にしか見えないが、カルフィーナのお告げ所の巫女もかくやという底知れなさを内に孕んでいる。


「そうですね、とりあえず診察室に行って説明しましょうか……とりあえず、このお嬢さんをどうにかしてもらえませんか?」


 不思議な医師は頭にアイアンクローをかましてくる無遠慮な少女と格闘しながら、懇願した。

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