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カルテ125 閑話休題 その32 新月の夜の邂逅(中編) その8

 彼は、例えるなら、眩い光を見つめた瞬間突如盲目となったような感覚にも似た、言葉では形容し難い色彩のその護符を手に持つと、黒洞々とした真昼の暗闇に、燃え盛る松明のごとくかざした。ただし、通常の場合とは逆に、護符の文字の書かれていない方を手前に向けていたため、周囲の部下たちは俄然色めき立った。


「ど、どうなされたんですか、一体? 札の向きが反対ですぞ!」


「お戯れはおやめくだされ、シグマート様」


 しかしシグマートは、彼らの忠告を一言の元に切り捨てる。


「うるさいぞ、下賤の者ども。我輩のすることに口出しするでない!」


「し、しかし、恐れながらシグマート閣下、そのようなことをすれば、我が軍に対して、極大魔法が放たれますぞ!」


「ご自身や我らを滅ぼされるおつもりか!?」


「どうか正気にお戻りください!」


「ええい黙れ下郎ども、スターシス!」


 少年が、先ほどの詠唱の何倍もの大声で天に向かって呼ばわると、夜のような空の奥底から、轟音を立てて、何か途方もなく大きくて凄まじいものが、天幕めがけて一直線に突き進んできた。その星の眷属である巨大岩石の周囲は摩擦で空気が燃えており、血のように赤かった。


「いいいいいいい隕石だあっ!」


「シグマート閣下がご乱心なされた!」


「に、逃げろーっ!」


 人も馬も悲鳴をあげ、踵を返して逃げようとするも、密集していたのが仇となり、簡単に身動きが取れず、混乱は加速度的に広がっていった。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 かつて経験したことのない突風と炎にさらされ、シグマートはただただ絶叫した。



「ん……?」


 あたかも湯船から立ち上るかのような白い霧の中で、黒衣に身を包んだ人物が、コキコキと肩を鳴らしながら、こうべを巡らせた。


「どうなされましたか、グラマリール学院長様?」


 彼の傍に付き従う、同じく黒づくめの女性が、気遣うように声をかける。


「今、どこかで何者かが目覚める声を聞いたような気がしたのだ、クラリスよ」


「まさか、お言葉ですが、私の幻覚の護符の効果がこんな短時間で切れるはずがございません。大方、風の音でしょう」


 黒装束の女性、もとい学院長付き秘書のクラリスは、足元に転がっているハイ・イーブルエルフの死体を跨ぎながら、グラマリールに接近し、覆面の下に蕩けるような笑みを浮かべてみせた。ちなみに、革鎧を着込んで武装している死体の側頭部は、鈍器で殴られたかのごとく大きく陥没しており、周囲には拳大の石が散乱していた。


 ここは、イレッサやフシジンレオたちが宴会していた建物の前方にある岩山の上に設けられた物見櫓だ。夜陰に乗じてハイ・イーブルエルフの秘密基地に侵入したグラマリールとクラリスは、まずクラリスの霧の護符によって夜目の利く敵の視覚を封じ、しかるのちに投石の護符にて見張りの命を奪い、物見櫓を占拠したのである。その後、今度はグラマリール直々の詠唱によって大地震を引き起こし、仕上げにクラリスが幻覚の護符を発動させ、建物から外に飛び出してきた者たちを幻の世界に追いやった、というわけだった。


 テネリアの花粉はどうしても低いところに留まるため、戦略的にまず高所を確保する必要があったのである。もし万が一、花粉を彼ら自身が吸ったとしても、覆面も着用しているため、重篤な目に合う危険性はほぼないだろうと考えられた。


「確かにお前の言う通りだ。あれの呪縛を破るには、大きな精神的衝撃または身体的苦痛を受ける他術はない。自分にとって都合の良い理想郷に魂が遊離している腑抜け者どもが起きられるわけもあるまいしな」


「まったくでございます、グラマリール様……えっ?」


 その時二人は、霧に閉ざされた下の方向から、「起きろおおおおおおおおおっ!」という、甲高い少年の叫び声をはっきりと耳にした。


「が、学院長様!」


「やれやれ、何も知らぬまま、夢の中で気持ち良く死んでいた方が、まだましだったのにのう」


 舌打ちをしたグラマリールは、苛立たしげに邪魔な死体を蹴りつけると、戦闘開始の太鼓代わりとした。


挿絵(By みてみん)

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