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カルテ115 死せる少年 その9

「そもそも非現実的なことを現実と信じ、訂正されても頑として聞かないのを妄想と言いますから、今ここで僕がいくら口を酸っぱくしても思考を切り替えるのは難しいでしょう。だけど、僕のことを信用するかしないかはひとまず置いておいて、まずは薬だけでも飲んだ方がいいと思いますよ。そうすれば身体症状も落ち着き、食欲もわいて、その悩みも軽くなるでしょう」


 そこで本多は声を潜めて、誰にも聞こえないように、「そして結局妄想も治るわけだけどねー」と呟いた。


「薬、ですか……」


 少年は少し思案する。自分の症状が妄想だという考えはどうにも賛同し難いが、どうせ他に死人化が治る当てもないし、駄目元で飲んでみるのも一つの手かもしれない。


「まあ、野良犬に噛まれたと思って、じゃなかった、騙されたと思ってしばらく飲んでみて下さいよー。せっかくお会いできたんだし、一期一会ってやつですよ。ちょいとセレちゃん、抗精神病薬を適当に見繕ってきてよ。食欲無いっていうしリスペリドン系なんかいーんじゃない?」


「わかりました先生。でも、ちゃんと後で処方箋書いて下さいよ」と言いながら、セレネースは風のように建物内へと走り去っていった。


「はいはい、わかりましたっと……ところで君は、あの赤毛娘に似た子って知ってる?……多分知らないよね」


 右手でつるっと頭を撫でながら、本多医師がやや疲れた口調でアルトに問い質した。


「はあ、残念ですが……でもそれって、誰か探しているんですか?」


「そうねー、実は僕の大事な大事な家族なんだよー」


 彼は遥か彼方の銀河に目を投じながら、楽しげに語った。


「ええっ、ご家族がこのユーパン大陸にいるんですか!?」


 アルトは驚愕のあまり、死人化の恐怖も、コタール妄想への疑念も束の間どこかへ吹っ飛んでしまった。伝説の存在と謳われる白亜の建物の主が、ユーパン大陸で家族を探していることなど、露ほども思い至らなかったのだ。


「多分、こっちにいるのは間違いないんだけどねー。生きてるかそうでないのかまではわからないけど。そもそも僕が長年ボランティアに近いこの仕事やってんのも、そのためでもあるんだよねー。もっとも、興味深い症例にいっぱい巡り合えたし、いつからかこの世界も大好きになっちゃって、早く診察時間にならねーかなーなんて期待するようにまでなっちゃったけどね。いやー、今日は稀に見る開放的な診察だったし、酒も入ってないのについいろいろとぶっちゃけちゃったなあ……ハハハハ!」


 白衣の前をはだけて風任せにしている本多は、海の向こうまで届くくらいのバカ笑いを発し、照れ隠しをした。


「そうでしたか……どれくらいの間、探しているんですか?」


「うーん、こっちの世界の時間だと、五千年くらいかな?」


 本多があっさりととんでもない数字を呟いたため、アルトは思わずのけぞった。


「ご、五千年!?」


「嘘じゃないですよー。あの頃はちょうどこの世界が誕生したばっかりで、ろくに人口もいなかったんで、大してお呼ばれしませんでしたけどねー」


「はあ……」


 途方もないスケールの話に呆然としながらも、少年はユーパン大陸に伝わる、最も古い伝説を思い出した。五千年もの昔、いずこからともなく降臨した五柱の神々が、この世界を創造したという神話を。


「当時はでっかいドラゴンやらなんやらが地上をほぼ支配していたので、人間や他種族は肩身の狭い思いをしていて、大変そうでしたよー。僕も、慣れない外科の真似事みたいなことまでやって、毎晩ヒーヒー言ってたもんです。セレちゃんもまだいなかったし……」


「そ、そうでしたか……いろいろと苦労したんですね……」


 アルトは適当に相槌を打ちつつも、身も心も胸襟を広げている医師を見て、まあ悪人ではなさそうだし、少し薬とやらを飲んでみてもいいかな、と心が傾きかけていた。


「君も、ご家族が大切な君のことを心配して、僕みたいに、今も探し回っていると思いますよ。だから早く帰って良くならなくっちゃいけません。きっとリリカちゃ……その女城主の吸血鬼も、君をとっとと追い返すために、悪趣味な真似をして見せたんじゃないですか? わざと君の目の前で一芝居うって、人間を燃える彫像に変えることが出来ると信じ込ませたんですよ」


「えっ、あれってそういうことだったんですか!?」


 意外と純粋な少年は目を見開いて、足先でカニと戯れる医師を凝視した。


「多分ね。それは魔法とか特殊能力とかじゃなくって、単に屍蝋化した死体を使っただけですよ」


「しろうか……?」


 アルトは、耳慣れぬ単語をオウム返しにした。

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