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カルテ98 閑話休題 その16 白亜の建物 その1

-深夜、とある大きな農家の納屋にて-



「熱い……身体が熱い……」


「しっかりして、テレミン! 私に迷惑かけないって約束したでしょ!」


 暗い小屋の床に仰向けに横たわり、ゼイゼイと息を荒げるテレミンの額に、ルセフィは皮袋に入っていた水で湿らせた布きれを当て、少年を叱咤激励した。いつもの冷静な仮面はどこにもなく、大事な人を想う少女らしい心配げな表情を露わにしていた。


「ダ……ダオニールさんは?」


「あの人は、この辺りにカシアの木が生えてないか探しに行ったわ。若枝や樹皮を乾燥させると風邪の良い薬になるんですって」


「へぇ、さすが人狼族……ゴホッ、ゴホッ!」


「だ、大丈夫!?」


 全てを超越した至高の存在であるはずのバンパイア・ロードは、咳き込んだ少年にうろたえ、しきりに彼の背中をバンバンと叩いた。


(んも~、一体どうしたらいいのよ……)


 まるでミルクを飲んだ赤ん坊にげっぷをさせる母親の如く甲斐甲斐しく看病しながら、ルセフィはこうなったいきさつを思い返す。あの幻の月夜の後、彼女の調子が回復し、雪もだいぶ溶けてきたため、リンゼスの湯を去ったルセフィ、テレミン、ダオニールの一行は、なんとかカイロック山を降り、麓の村までたどり着いたが、その直後にテレミンが高熱を発し、倒れてしまったのだ。異形の存在を二人も含む夜間しか旅のできない三人は民家においそれと泊めてもらうわけにもいかず、仕方がないので一軒の農家の納屋を先ほど無断で借りたのだった。


「い、痛いよ、ルセフィ……」


「あら、ごめんなさい」


 少女は布団のように叩いていた手を慌てて止め、素直に謝った。


「でもありがとう、こんな役立たずの自分を介抱してくれて」


「何言ってんの、私が温泉で弱っていた時そばにいてくれたでしょ。おまけに解決策まで見つけてくれたじゃない」


「あの時はたまたまうまくいったんだけどね……しかし自分の体調管理ぐらいできないとは情けないよ」


「夜中に雪山をずっと歩いたりすれば、並の人間なら誰だって風邪ぐらいひくわ。そんなに気にしないで」


「そんなことないよ。鍛え方が足りなかったのさ。ルセフィ……」


 そう言うと、少年は熱で潤んだ瞳を心もち大きく開けて、吸血鬼の少女を見つめた。


「な、なによ、改まって」


「これ以上足手まといになる前に、僕をここに置いて、ダオニールさんと一緒に旅を続けてよ。

彼は優秀だし、きっと君のお母さんを見つけてくれるよ」


「それは出来ないわ! あなたも一緒に行かなくっちゃ!」


 ついルセフィは、潜んでいることも忘れて大声で叫んでしまった。


「ルセフィ、気を付けて! 農家の人にばれちゃうよ!」


「ごめんなさい、テレミン。でももう手遅れみたい……」


 バンパイア・ロードの鋭敏な聴覚が、何者かが母屋のドアを開けてこちらに近付いてくるのをはっきりと捉えていた。何と言って言い訳しようか、必死に頭を巡らせる間も無く、「な、中に誰かいるの?」という怯えたような上ずった女性の声がした。


「……」


 沈黙をもって答えたルセフィだったが、テレミンの荒い呼吸や咳を止めるわけにもいかず、永遠とも思われる長い時が過ぎていった。


「どうせまたアルトなんでしょう? お姉ちゃんがオバケや幽霊が嫌いなこと知っているくせに驚かさないでよ! 夜中にこんな所で遊んじゃダメでしょ! 開けるわよ!」


 苛立った強い口調とともに、納屋の扉がギィッと軋みながら動いた。


「そ、その声は!」


 驚きのあまり一時的に咳の引っ込んだテレミンは、わずかに身体を起こした。


「あら、奇遇ね」


 ルセフィも、鳶色の瞳を丸くして、外の女性を見つめた。


「えっ、そ、そんな……」


 寝巻き姿の女性の方も、納屋に射し込む月明かりに照らされた少年と少女の姿に驚愕し、扉につかまったまま硬直した。


「「フィズリン!」」


「テレミン坊ちゃんとルセフィお嬢様!」


 三人の叫びが、同時に納屋の内と外に木霊した。


挿絵(By みてみん)

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