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経歴変換スイッチ  作者: 藤本 慶典
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第1章 1 黒縁めがね

 


「あ!莉乃ちゃん。」

「こんにちは~。今日はどこからこられたんですか?」

 彼女は優しく微笑みかけ両手を僕の前に差し出す。

「熊本です!ずっと、ファンでした!!会いたかったです!」

「本当ですか~。ありがとうございます~。」

「この前発売された新曲聞いたよ。いやぁーすごく良かったよ。」

「本当に!ありがとう~。」

「今日、莉乃ちゃんに会うためにわざわざ熊本から来たんだよ。」

「そんなんだー。ありがとう!」

「これからも、ずっと応援しているから頑張ってね。」

「うん!ありがとう。」

 そう言いながら彼女は最後まで僕の目を見続けていた。僕はその吸い込まれるような瞳を名残惜しみながら個室のブースを後にした。

「どうだった。大島莉乃は?」

 友人の内藤雄介がそわそわしながら聞いてきた。

「可愛かったー。やっぱり実物は全然違うね。まじでテンション上がったわ。顔小さすぎ!そして、手が柔らかい!」

「だから、言っただろ。行ってみるもんだって。」

 本日10月11日は内藤から誘われて一年前からハマっている「虹色クローバー48」の個別握手会に来ている。最初は千葉まで行くのは金も掛かるし面倒くさいと思っていたがそんな思いは会場についた途端、全て吹き飛んだ。同じ空間に虹色クローバー48のメンバーが全員いると思うだけで気持ちの高ぶりが収まらなかった。

「まぁ、冷めることは言いたくねーけどほとんどが、まぁ、なんてゆーかマニュアル通りの返しだったな。最初の「こんにちは~。今日はどこからこられたんですか?」なんて絶対決まり文句だぜ。」

 内藤は常連のお客さんっぽく言った。

「いいんだよ。話さえできれば何でも。いやー。本当に誘ってくれてありがとう。ちょっと、これハマりそうだな。」

 すると、まるで業界人っぽく顎に手を当てながら内藤が答えた。

「待て、待て、落ち着け、ハマったらお前それこそお終まいだぞ。こういうのはたまに行くからいいんだよ。一部の熱狂的なファンみたいに握手会があるたびに毎回いろんなとこ行ってたら金の消耗率が半端ないことになるぞ。周りを見てみろよ。」

 内藤に促され周りを見てみるとそこには目当てのアイドルに少しでも自分のことを覚えてもらおうと仮装した連中ばかりだ。背中に目当てのアイドルの名前が刺繍してある特攻隊や軍隊、メガネに赤いはちまきにリュックサックを背負いタントップのいわゆるオタクと呼ばれる格好。そして、行きつく先は体全身にアイドルの写真を貼りたまくったこの先、一生流行することはないだろう近未来的な格好だ。その光景は本家ハロウィンとは全く違うカテゴリーに分類されるだろう。これらに比べれば俺はまだまだ初心者中の初心者だ。だが、かといって彼らのようになりたいとは思わない。いや、むしろ、あそこまでいったら・・・・・・想像するだけで身震いを起こした。握手券欲しさにCDを百枚、二百枚も買ってCD本体はすぐにゴミに捨てたファンがいたことがテレビで取り上げられていた。

 彼らにとってアイドルとはもはや自分が生きていくうえで不可欠な要素になっているのだろう。

「いやーでも。来てよかったよ。本当に来て良かった。」

 彼らまでとは言わないがまさか、自分がここまでアイドルにハマるとは思ってもいなかった。キッカケはパソコンの動画サイトでたまたま彼女を見たのが始まりだった。そこには、番組の企画で彼女の私物をチェックされお笑い芸人からいじられる彼女の姿があった。だが、僕の頭の中は企画内容などそっちのけで彼女の顔から目が離れなかった。なんの邪念もない笑顔、胸の中を締め付けるような天使の声、見ている人々を吸い込むような瞳、そして、清純を示す真っ黒な神、極めつけはその童顔な顔とは不釣り合いのグラマラスなボディ。それを、まとっている色気やフェロモン。「なんだ、この可愛さそして、色気。」それまで、僕の築き上げた自我、自尊心、羞恥心が崩壊した瞬間だった、そこからだ、僕の硬派人生がアイドルオタク路線に劇的ビフォーアフターしたのは。

「また、誘ってくれよな。」

 会場のロビーで内藤に言った。

「あんまり、のめり込むなよ。お前そういうとこあるから。」

「大丈夫、大丈夫!」

「どーだか。」

 最後までウキウキ気分の俺に内藤は笑っていた。内藤は新曲が発売されるたびに握手会に参加しているがCDを買うのはせいぜい十枚程度だ。まぁ、それでも、傍から見れば若干の異常者と受け取られるだろう。その買った十枚で握手券が当たらなければその時はあきらめるというやり方だ。この手法で内藤は3年間「虹色クローバー48」に会いに行っている。

「これから、7時間の長旅だな。」

「夜行バスの方が安くつくからな。」

 フリーターの俺らに飛行機を利用するという選択肢は最初からなかった。だから最初行くのを溜めらった。こういう時に田舎はつくづく不便だなと思う。

「まーよ!バスの時間まで夜飯食いながら今後の虹クロ48について熱く談義しようぜ。」

 内藤が背伸びをしながらあくび交じりに言った。このあっけらかんとしている性格は昔と変わらず俺もそういうところが好きだ。

「まぁ俺は大島莉乃だけが好きなんだけどね。」

「はいはい。」

 その後、俺らはカレー専門店に入り腹を満たした。帰りのバスの中でも俺らしかいないということだけあって、運転手を気にせず夜中まで語り合っていた。ようやく眠りについたのは三時を過ぎた頃だ。だけど、その時、奇妙な夢を観た。現実感がとても溢れるリアルで不気味な夢を。

 僕の隣には、見たこともない同じ年くらいの綺麗な女性が立っていた。そして、やさしく僕に微笑みながら手招きしている。

「遅いよ、こっちよ。早く!」

 僕も優しく微笑みながら答える。

「わかったから、ちょっと待ってくれよ!」

「最近、運動不足なんじゃないの。ちゃんと毎朝ウォーキングしている?」

 はぶらかすように彼女が言ってくる。

「してるよ。お前が早すぎるんだよ。」

 そう言ってようやく彼女のとこまでたどり着く。ふと、彼女のバッグに目をやると麗亜と書かれた名前キーホルダーがついていた・・・・・・・

「おい!起きろよ。」

 遠い空の向こうで誰かが僕に叫んでいた。そこで、一気に現実の世界へと押し戻された。

「うおっ!!」

 思わずドスの利いた声が出た。

「もうすぐで熊本駅だぞ。早く降りる準備しろ!」

「あぁ、わかった。ありがとう。」

 俺は半ば寝ている状態で答えた。まだ、夢の余韻に浸っている状態でボーとしていた。信じられないくらい夢の内容を鮮明に覚えている。こんな体験は初めてだ。

「あの、女は誰なんだろう。」

 一人言がこぼれた。麗亜という女も知らないし、その女を追いかけていたのは俺・・・か?。俺の中で疑問が膨らむばかりだ。不意にカーテンの隙間から朝日がこぼれ一気に眼球が刺激され目が覚めた。カーテンを全開にすると見慣れた光景が目に飛び込んでき少しホっとした気分になった。熊本駅に着いて荷物を下ろすと内藤が深く深呼吸をして言った。

「やっぱり、我が家が一番やなぁ。」

「そうだな。」

 閑静な住宅街の中に存在する駅の改札口には、朝早いということあってあまり人気はなかった。

「お前、これからどうするの?」

「まぁ。バイトも休みだし家でゴロゴロしとくかな。」

「フリーターの特権ですな。」

「まーな。」

「俺は、バイトあるからもう行くわ。」

「はいよ。」

 そう言うと内藤は俺とは逆方向の改札口へと歩いて行った。その後ろ姿は40歳のサラリーマンと思わせる哀愁が漂っていた。まぁ、俺も他人ごとではないが。そう思い、改札口を通りバスの中に乗り込むと中はガラガラに空いていた。目の前には、遅刻したであろう茶髪の女子高生。隣のブロックには杖をついたおじいさん。その目の前には真面目そうな大学生。彼らから見ても俺はきっと同じように映っているのだろう。今年26歳。10年前の俺はこんな未来が来るなんてまったく思っていなかった。あの頃思い描いていた理想は今の現実からは遥か遠くにかけ離れている。どうしたものか。そう思う日々が最近多なってきた。ふと、バスのなかで見た夢を思い出した。見たこともない景色で見たこともない女に急かされていた。女の名前は麗亜。

「やっぱり、わからない。」

 再び独り言が漏れる。一般的に夢というのは現実が生み出した副産物であると聞いたことがある。現実の影響を受けて夢にぐちゃぐちゃな状態で出てくるから意味の解らない夢を見るらしい。でも、そんな感じの夢ではなった。電車を降りて改札口を抜けるといつもの光景がそこにはあった。すると、そこに全身黒ずくめ長身で長髪の男がこっちを見て立っていた。黒縁メガネを中指で押し上げながらこちらの方向へ向かってきた。俺はよそ見をするふりして横目でちらちら見ていたがその男は確実に俺の方に近づいてきている。そして、俺の目の前までやってきた。俺の方をじっと見ている。思わず俺は尋ねた。

「あの、な、なんですか?」

「逢澤優斗さんですか?」

 逆に質問された。

「はい、そうですけど。」

「少し、お時間よろしいですか?」

「あの、あなたは誰ですか?」

 すると、男は周囲を気にしながら俺の耳元で囁いた。

「私はアメリカ航空宇宙局で働いているものです。」

「・・・・・・・・・・・・・・は?」


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