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経歴変換スイッチ  作者: 藤本 慶典
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プロローグ

 水量が増すたびにかじかんだ手が一層赤みを帯びてきた。今日はとことんついてない日だ。体中の節々に走る激痛に堪えながら清美は三人分の皿を洗っていた。朝6時半に起床し朝食の準備に取り掛かった清美は予想通り二日酔いと格闘していた。昨日は会社の新年会があり、幹事役をまかされた清美は二次会まで参加した。幹事の役目は毎年、新入社員の仕事だが今年はいわゆる不作の年だ。優秀な人材を求めていた会社だがどうも、社会の常識すら全くわからない社員。まぁ、能無しの人間がうちに入ってきたというわけだ。そんな奴らに幹事を任せたら大変なことになるだろうと部長に呼び出された清美が幹事をやる運びとなった。清美は心底、人事担当の高橋を恨んだ。「お前の先見の目がないからこんなことになるんだろう!」食器棚から皿を取り出しテーブルに乱雑に放りながら清美は改めて憤りを感じた。この家の朝食は二パターンありいたって普通だ。スランブルエッグに味噌汁、ご飯。もしくはトーストに味噌汁という王道中の王道だ。だが、我が家の主人はこのサプライズも何もない朝食に満足してくれている。少しでも厳格な男だったらとっくに私に罵声を浴びせるだろう。その点では清美は良い旦那をもらったかもしれない。朝食を作っている最中に娘が二階から降りてきた。まだ、睡魔と闘っているのだろうか。表情は重力に負け垂れ下がっており焦点は定まらず髪の毛は嵐の中を潜り抜けてきたと言わんばかりに乱れまくっていた。おぼづかない足どりで目をこすらせながらリビングの方へ向かってきた娘は先月幼稚園を入園したばかりだ。ベッドに座り目をしぱしぱさせながらボーっと遠くをみていた。朝食を済ませたと同時に旦那も二階から降りてきた。娘に比べ睡魔に勝利した旦那の表情は早くも仕事モードに切り替わっていた。経験の差かな。清美はそう思いながらテーブルに配膳していった。朝食を終えると娘の支度を済ませ旦那にゴミ出しを頼み彼らを見送った。何も変わらないいつも通りの日常だ。周りから見ればこういう光景は幸せな光景なのだろう清美自身もそれは実感していた。決して裕福ではないが不自由ない生活は送れている。その後、私も会社へ行く身支度を済ませ時間が来るまでニュースを見ていた。流れていたのは危険ドラッグによる交通事故やトランプ大統領就任演説による各政党の動向への注目、オリンピックへ向けての各選手の意気込みなどジャンルは様々だ。

 何もかもが秩序通りに流れているこの世の中、誰かが何かを批判すれば必ずそれに賛同するものが現れ、そしてそれはいつしか組織化する。自分たちが変えなければならない。人間という生き物独自の正義感が今の世の中を形成している。清美はそんなことを思いながらテレビにふけっていた。その時、一瞬にして第六感がビリビリと体中から発っせられた。その瞬間に背後に気配を感じた。危険信号と脳が判断した時はすでに遅く、その瞬間に腰のあたりから身体全身に本物のスパークが駆け巡った。私の意識は吹き飛ぶ寸前だった。床になだれこむように倒れた清美は薄れゆく意識の中、襲いかかってきた人物を見た。男?その顔には見覚えがあった。しかし、誰かは思い出せない。清美の脳は必死に記憶を司る海馬をフル稼働させようとしていた。しかし、当の脳はショート寸前だった。すると、男は左手に持っていたバッグの中から何かを取り出そうとしていた。それは清美の予想通り鋭利な刃物だった。

「・・た・・す・・・・・っけて!」

 清美は言葉にならない声で助けを求めた。しかし、身体がいう事を聞かない。男はゆっくりとした足取りで清美に近づいてきた。殺される!清美は確実に自分が死に向かっていく現実を直視した。這いずりながらリビングへと逃げようとする清美に高身長な屈強な男は上から動かさないようにまたがってきた。あー、もうだめだ。清美はそう実感した。その時、背骨のあたりから心臓に向かって鋭く冷たいものが勢いよく侵入してきた。それは瞬く間に清美の体中に練りめぐらされている神経細胞を伝い「痛み」という概念として清美に襲い掛かってきた。それまで、硬直していた身体に一気にドーパミンが発生し清美は身体全体を使って暴れだした。しかし、暴れるたびに細胞の活性は増し清美をさらに苦しめた。果てしない激痛に耐えながら身体を縦横無尽に動かすも所詮、女の力とははかないものだ。男にいとも簡単に馬乗りされ今度は腰のあたりに刃物を侵入させてきた。内臓が裂けおびただしい量の血が玄関フロアに飛び散っていた。いよいよ、死んでしまう。清美は死を覚悟し抵抗するのを辞めた。いや、もう抵抗する力が残っていなかった。清美は口から吐血した。

「・・・・・っ!」

 もはや。言葉にすることができない衝撃的な痛みに清美は無意識にふと、娘の事を思い出した。娘は今頃、保育園に着いているころだろうか。今日のお遊戯会の練習は上手くやれているだろうか。お昼寝は泣かずにちゃんとできているだろうか。そういえば。フラフープの授業があるんだった。あの子はバランス感覚が悪いからなぁ。清美は最後の力を振りしぼり「ありがとう。」そう言った。男は清美のそんな様子を見てか静止していた力を緩めた。

「・・・・やっと・・・・・・・諦めたか。」

 やはり、その声にも聞き覚えがあった。この声どこかで、どこだろう、たしか・・・・・・っ!

清美は遠のいていく意識の中、一つの灯を見つけた。しかし、その瞬間、腹部のあたりに強い衝撃を受け清美の意識はどこからともなく闇に葬られてしまった。

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