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ガチャ96 イエローオーキッド

この辺りの話から、書籍版の設定を交えて更新していくことになるかと思います。

ご理解頂ければ幸いです。

 婆は、そんなエリーを見ながら舌打ちし、ポーション瓶を奪い取って、黒い薬液を先ほどの毛髪に数滴垂らした。

 すると、一瞬だけ、アメーバが姿を一瞬消した。

 先ほどと全く同じ現象が起き、全員が食い入るように婆の毛髪見つめる中、黒い靄が吹き出し始める。

 すると、毛髪周辺が瞬く間にアメーバで覆いつくされた。

 薬液を垂らして1秒にも満たない間に、爆発的に増加したアメーバによって浸食された毛髪は、影も形も無くなっていた。

 宿主を無くしたアメーバが、婆に飛びかかっていく。

 婆は、呪符を叩きつけ、アメーバと相殺させながら、淡々と喋っていく。


「凄まじい怨念の集合体が命と魂への寄生虫となっておる。

薬液をかけて症状が止まるように見えたのは、エネルギーを食い合っているからだ。勝った方が、負けた呪いのエネルギーを全て飲み込んで、更に命と魂を奪う勢いを加速させる。これほど大きくなった呪いに触れた者は、命と魂を食い尽くされるだけ。

はっきりいおう。

これは、もう、どうにもならん」


「残り時間は、そうさな」


婆が懐から砂時計を取り出した。

サラサラと落ちる濁った赤い砂は、血液を彷彿とさせる。


「この砂が落ちきったころには、2人とも死んでいるだろう」


 両親の命を諦めろという婆の言葉がエリーの芯に冷水を浴びせた。

 強制的に意識を呼び戻されたエリーは、青ざめた顔で食い下がる。


「っ! そんな! なんとかならないの!? 今のお札が沢山あれば!」


「あれを作るにも、数年とかかるんだ。数が足りない。諦めろ。

最早手遅れ。この城はもう、数日で呪いに汚染されることだろう。

お前さんたち、国王に移住するよう進言してきた方がいいんじゃないかい?」


エリーは鼻水を垂らし、嗚咽しながら、崩れ落ちた。


「もう、本当に取り返しがつかないんだ! うあああああん! おがあざん! おどおぢゃん! うああああああああああああ!!!! 私は、なんてことを! 私は! 私は! うわああああああああああああああああああああああ!!!!」


 壊れた玩具のように泣き続けるエリーを横目に、リュウは歯を食いしばりながら、婆に近づいた。


「婆さん。黒い虫みたいな奴は、間違いなく呪いなのか?」


「間違いない。強力な、呪いだよ。その昔、魔族が使ったと言われるものに、酷く似てる」


「そうか」


 とリュウは呟きながら、グリードムントの指環から、あるポーション瓶を取り出し、呪術師に見せた。

 ラベルには『ラファエルの涙』という文字と、大天使が涙する絵が描かれていた。


「これならどうだ?」


 栓を抜いて、中身を婆に見せる。

 聖なる気が瓶から溢れ出て、周囲に白い粒子が舞った。

 婆は白い粒子を血走った目で凝視する。


「聖なる力か!? こんなものを何処で? いや、それより、これならなんとかなるかもしれんな」


「聞いたか、エリー! これを!!」


 リュウはエリーに『ラファエルの涙』を見せて呼びかけたが、泣き狂ってこちらの声は聞こえていないようであった。

 

「エリー、薬だよ! 特効薬が見つかったんだ!」


「薬! そうよ、私が変な薬をかけたばっかりに! ああああっ!!」


「落ち着け、エリー!」


「もう、それほど猶予はないぞ! 時期に、2人とも一気に浸食されて黒き虫に飲み込まれてしまうわ! 急げ! お前さんがかければ済む話だろうが!」


 もっともな婆の意見。

 しかし、リュウは首を縦に振らない。


「エリー! この薬で、アンナとケンを救うんだよ!」


「できないできない! また、私は取り返しのつかないことをしちゃう!! 私はダメな子なの! 私のせいなの! 全部、私が! 私があああ! うわあああああああ!!」


 婆はシワシワの顔に更に皺を寄せて、

「この砂は、呪力に対抗する者の強い生体エネルギーに反応して落ちる速度が変わっていくんだ! 落ちきったら、当然そこでしまいだぞ! はようせんか! この馬鹿者共!!」

 と唾を飛ばしながら叫んだ。


 呪術に詳しい婆が慌てふためくほどに、アンナとケンを覆うアメーバの動きは活発になっており、体表を爆ぜさせては炸裂音を部屋中に響かせている。

 薬医師達も流石に顔色を変え、逃げ出す者が出てきているほどに、悪い状況。


 それでも、まだ、やれることはある。


「エリー。お前は、1人きりで立ち向かってきたのか? そうじゃないだろう! ダリアも、ファラも、ミレーヌもいた! 当然、俺もだ!」


「ひとりじゃ、ない……」


「一緒に何とかするって約束、ついさっきしたばかりだろうが!」


「一緒に……」


「そうだ! エリーがお願いしてきたんだぞ? 思い出せよ!!」


 リュウはラファエルの涙をコートのポケットに突っ込むと、エリーの両肩をギュッと握って、顔を覗き込んだ。

 焦点の合っていなかったエリーの瞳に生気が戻っていく。


 エリーの脳裏に浮かぶのは、

 ダリアの流し目。

 ファラの高笑い。

 ミレーヌからのエール。

 そして、リュウと交わした約束だった。


 冷水を浴びて、熱を失ったはずの芯が沸々と燃え上がり始めたのを、エリーは感じていた。


 私は、ひとりじゃない。

 みんなが、私に力をくれる。

 行こう。一緒に。

 掴もう。差し出された手を、この手で。


 エリーは、両肩を掴むリュウの手に、自分の手を重ねた。


「……もう、大丈夫です」


「平気か?」


 リュウが心配そうにエリーの顔を覗き込もうとした時、見るに見かねた婆が金切り声を上げた。


「大馬鹿者共!! 宿主を無くした黒き虫は、私たちを襲ってくるぞ! こんなところで死ぬことにでもなったら、来世まで呪ってやるからな!」


 婆が騒ぎ立てるのは、自分を背負って走ってくれた騎士が、既に逃げ出していたからだ。

 薬医師達も全員退避済み。

 部屋に残っているのは、婆とリュウとエリーだけだった。

 その婆も、アンナとケンの命が散ると勝手に確信して、泡を吹いて気絶してしまっていた。

 

エリーはリュウに向き直る。


「……薬って?」


「これだ」


 エリーはラファエルの涙を受け取ると、栓を抜き、聖気放つ液体をアンナとケンに振りかけていった。

 ベットの上で黒く塗りつぶされたアンナとケンが聖気に包まれ、浄化されていく。

 白き光が室内を照らす。

 眩い光が消える頃には、アンナとケンから禍々しいまでの黒が、完全に消え去っていた。


 しかし、アンナとケンは一向に目を覚まさない。

 エリーは焦って2人を揺すり起こそうと試みるが、リュウに止められた。


「よく見ろ。微かにだが、胸が上下してる。生きてるよ」


「ほんとだ! よかったぁ……」


「単に消耗しているだけだろう。時期に目を覚ます。今は、そっとしておいた方がいいだろう」


「そうです、ねっ。と」


 エリーは隣にいるリュウに抱き着いた。


「……頑張ったな」


 上から優しく見つめるリュウの顔を見て、やっと力の抜けたエリーは、両目に溜まる嬉しさ100%の水分を隠すように、リュウの胸に顔を押し付けた。

 頬に感じるリュウの鼓動。

 一定の緩やかなリズムに、不思議と心が安らいでいく。


「リュウ兄さん、ありがとうございます」


「今度、俺が困った時は、一緒になんとかしてくれよ?」


 エリーが見上げると、リュウは口角を上げて笑っていた。


「……はいっ! もちろんです!!」


 可憐な花のようなエリーの笑顔が、部屋中に命一杯、咲き誇った。

 そんな笑顔を見て、リュウはやすらぎ亭の入り口に差してある黄色い花を思い出していた。

 エリーが、両親のために摘んでいた花だ。

 名前はイエローオーキッド。

 花言葉は……なんだったか。


ガチャ――


 リュウが思い出している最中に、治療室のドアが開かれた。

 先頭に立って入ってきたのは、ギルドの受付嬢の服を着こなす美女だ。


「あ! エリーちゃん達。こんなところにいたんだ! 探しちゃったわよ! あれ? まだ、お父様とお母様は寝ていらっしゃるのかしら?」


 ダリアがそんなことを言いながら入ってきた。

 ミレーヌはその後ろからスッと音もなく入室すると、ダリアに苦言を呈す。


「ダリアさん。それは流石に、ちょっと白々しいです。薬医師の皆さんの慌てぶり、知らないなんて言う方が難しいですよ。あ、エリーさん。差し入れです。どうぞ」


 最後に入ってきたファラは、ダリアを完全に小馬鹿にしていた。


「……プッ。妾もそう思うわ」


「皆、裏切ったわね?」


 鋭い殺気がダリアから放たれる。

 百戦錬磨のファラは、類まれなる戦闘センスを生かして、矛を受け流すことにした。


「おっと、うまそうだ。我慢したかいがあるというものよ。さあ、ダリアも『ぷりん』食べようぞ」


「あっ! これは、エリーさんへの差し入れですよ!」


「ミレーヌ。この世は弱肉強食なんだ。許せとは言わん。諦めろ」


「意味が分かりませんね」


「……おいしーい! エリーちゃんも、食べるわよね?」


「うふふ! はい! 頂きます!」


 長閑なやり取りを見ていて、リュウはようやく思い出し、思わず声に出していた。


「花言葉は、確かな絆と幸福、か」


(悪くない。……しかし、気になるな。この世界の『ぷりん』とはどんなものなのか、食べてみようじゃないか)


 ニヤリと笑ったリュウが『ぷりん』争奪戦に加わっていく。

 いつまでも続きそうな、なんてことのない日常のやり取りが、しばらくの間、繰り広げられることとなる。


「ふっ。『ぷりん』は貰った! ファラ。腕がなまったのか?」


「バカ言え! お前が出鱈目に強くなっているんだよ!」


「あーあ、あの2人から奪える気がしないんだけど」


「同意します」


「でも、なんか楽しいですね! うふふ」


 会話を楽しみながら、エリーが疲労困憊で眠り続けているアンナとケンを見ると、顔が心なしか笑っているように見えた。

 今度は全員分のイエローオーキッドを摘みに行こう。

 とエリーは密かに決め、もう一度騒がしい輪の中へ戻っていった。

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