ガチャ74 緊急会議
「王国の存亡に関わると言っても過言ではない会議に遅れてしまい申し訳ありません。急ぎの案件がありまして、少々遅れました」
遅れて議事堂へ入ってきたオズワルドが、珍しく丁寧に謝罪を口にし、シュバルツに臣下の礼を取った。
いつもとは違う出方。
面を食らったシュバルツだが、言うべきことは言わなければならない。
「公爵だからと遅れてよいわけではないと何度言えばわかるのだ」
「申し訳ございません。以後、遅れることのないように致します」
頭を下げるオズワルド。
またか。と高官達が囁く。
当然オズワルドの耳にも入っている。
いつもであれば顔を真っ赤にしているところだ。
しかし、今日はまったく動じないですんだ。謝り方も完璧だった。
国の一大事だと、公爵も真面目になるものなのか。
議事堂に集まった者はそう思わざるを得なかった。
国王であるシュバルツさえも同感であった。
「……反省はしているようだな。よい。座れ」
「失礼いたします」
許しを得たオズワルドが、ゆっくりと公爵向けの豪華な椅子へ腰かけた。
用意された席がようやく埋まる。
「全員揃ったな。では、早速はじめよう。モンスターの侵攻が収まっている今、私たちはどうすべきか。皆の意見を聞きたい」
隣の者と意見を交わす高官達が多い中、宮廷魔術師団長のザフィールが真っ先に手を上げた。
「ザフィールか。では、話せ」
ザフィールが焦げ茶色のローブを翻し、握った手を口元に運び、そのまま軽く咳払いをした。
煩わしい喉の引っ掛かりがとれ満足したザフィール。
王国に生じている厄介な問題も、同じように力技で取り除いてしまえばいいと思っていた。
「私は、こちらから打って出るべきだと考えます。現状はBランクモンスターが時々襲ってくる程度です。この程度のモンスター襲撃ならば、宮廷魔術師団と正規軍の兵士で十分、守り切れます。その間に、リィオス殿とマルコ殿のお二人に皇帝を討ってもらいましょう。頭さえ仕留めれば、後はどうということもない」
リィオスは苦笑し、神経質そうなザフィールの目を正面に見据えた。
「いやいや。ザフィール殿。皇帝はSランクの腕前を持つという噂ですよ。私が勝てるとは、限りません」
弱肉強食の帝国において、トップに君臨する皇帝。
人脈豊富で統治も上手くおこなっており、武力においては帝国最強クラスだと噂されている。
まだ、小さな国だった頃、劣勢を覆すために自ら戦地に赴き、一人で千人斬りをやってのけたなどという
話も聞こえてくるほどだ。
飄々としているリィオスだが、掛け値なしの本音だった。
しかし、ザフィールはそう受け取らない。
ザフィールにとって、リィオスとはそれほどの衝撃を与えた絶対的強者であった。
王国一と自負する己の防御魔法。それを真っ向から簡単に砕いてしまった光魔法。
王国兵士全員を同時に相手取っても遅れを取らない剣技。
リィオスが一体だれに負けるというのか。
ザフィールにとって、リィオスは知りうる限り最強の戦士であった。
「ご謙遜を。もし、仮にそうだとしても、マルコ殿もいるではありませんか。最近、ますます腕を上げているようだ」
ザフィールがそう言ってマルコの方へと向いた。
差し込む光が反射して、分厚いレンズの眼鏡が光る。
マルコの背中に嫌な汗が流れた。
余計なことを言えば、ザフィールに捲し立てられるからだ。
実力は素晴らしく、部隊の指揮もできる有能なザフィールだが、神経質で細かい小姑のようおな性格だけは苦手だった。
「…………」
マルコが助けを乞うように無言でリィオスを見つめた。
リィオスはマルコにだけわかるよう、速度を限界まで早めて片目ウインクをして見せる。
サインに気が付いたマルコはホッと胸を撫で下ろした。
安堵してリラックスしているマルコを見て、リィオスは無駄に技能を駆使していることがなんだか可笑しくなった。
だが、今は会議中だ。いつまでも楽しんでいるだけではいられない。
マルコのフォローをしてやらねばならないのだから。
リィオスはマルコを見つめるザフィールに横から声をかけた。
「……それは間違いありませんが、強敵は皇帝だけではありませんよ。そして、今はまだモンスターの襲撃が帝国の仕業とは断定できていません。そんな状態で戦争を始めるわけにはいきませんよ」
「リィオス殿のおっしゃることはもっともです。返す言葉もない。ですが……」
ザフィールは眼鏡を中指で押し上げて「このままでは、悪戯に兵士が死ぬだけです」と、未来を見てきたように断言した。
高官達の中にはザフィールの強硬論に感化され、同様の意見を口にする者も出始める。
Aランクモンスターを瞬殺できるリィオスの存在が、それを助長させていた。
「うーむ」
と、唸るシュバルツ。
「このままでは、確かに消耗するだけだな。しかし、大義の無い戦争は許可出来ん。証拠があったとしても、戦争以外の形で決着をつけたいのだ。何か妙案のある者はいないか?」
囁き合うばかりの高官達をしり目に、公爵は立ち上がり、両手でテーブルを思いっきり叩く。
「国王様。戦争などする必要はありませんぞ! 帝国の手練れの証拠を掴むために、間諜を放っただけでなく冒険者ギルドも動き出しているのです。リィオス殿の武力は守護のために発揮されるべきです。それよりも、今は他に優先すべきことがあるのではないでしょうか!」
覇気を放つオズワルドに、高官達は注目していた。
オズワルドは努めて真剣な表情で話を続けて行く。
「民は、度重なるモンスターの襲撃で疲弊しています。閉じられた王都の中では、新鮮な食料を手に入れることもできません。傷ついた兵士や病人にとっては、更に深刻な問題もあります。傷や病を癒すポーションが、無限にあるわけではないということです」
普段から平民を下等種族のように扱うオズワルドが熱く語る様に、シュバルツは違和感を抱く。
しかし、言っていることは的を射ているのだ。おまけに態度も紳士的であった。
意見に耳を傾ける必要がある。
「それで、オズワルド卿はどうすべきだと思うのだ?」
「門を開き、急ぎ物資の調達をした方がよろしいでしょう。短期間で、できる限り多く物資を集め、門を再び閉じるのです」
「もちろん物資調達は必要だ。しかし、正規軍を物資収集に多く割くことはできんぞ。調達できる量が少ないのでは、意味がない」
「そうでしょうな。私も昨夜は頭を捻り、寝不足でクマができてしまいましたぞ」
「もったいぶらず、一晩考えたそのアイディアを聞かせてくれ」
「民に、協力してもらうのです」
オズワルドの瞳に、灰色の影が差した。
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