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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ネジ 

 俺の住んでるアパートは築六十年。部屋は北向きの四畳半一間だ。

 その姿は昭和レトロなんてもんじゃない。一歩間違えれば廃屋だ。

 昭和は遠くなりにけり、の平成の現在だが、畳敷き、風呂なし、トイレ共同の三重苦は当たり前。

 トイレが水洗式なのが、せめてもの心の拠り所。

 こんな状況だが、家賃を考えてみればしょうがない。俺は貧乏学生なのだ。


 北向き故か、日中でも薄暗く、万年床にはマジできのこが生えそうだ。

 こんなんで、身体にいいわけない。

 そう思った俺は考えた。たまには掃除でもしてみるか。


 まずは布団を上げてみることにした。

 掃除をするには、部屋の大半を占めてるこの蒲団を押入れに……

 煎餅布団のクセにやけに重いでやんの。蒲団の裏のシミは見なかったことにしよう。


 半年振りくらいで畳が見えた。

 と、きらりと光る小さいものが落ちていた。

 ん? 何だコレ?

 指で摘み上げて見ると、それはネジだった。

 割とキレイな長さ一センチ位のネジ。頭は平で十文字の溝がある。


 何のネジだろう? 俺には思い当たる節はなかった。

 部屋中を見回してみても、それらしき部品が外れている物もない。

 だが、なぜかこのネジは外れたばかりのモノ、という気がしてならない。


 まあいいか。こんなもの、どこぞから紛れ込んで来たに違いない。

 そう思った俺は、それを開け放してある窓から外へと放り投げた。


 それから何とか掃除を終えた俺は、腹が減った事に気づき、食事に行く事にした。

 財布の中には一枚ではあるが、千円札があるはずだ。


 アパートを出ると、このアパートの住人でもある噂好きのババア連中が立ち話をしていた。

 こいつらはいわゆるこのアパートの関所なのだ。

 当然好感触であるはずもないが、睨まれても面倒なので、俺はいつも作り笑顔で挨拶をしているのだが。


「おや、今日も学校はサボりかい? 田舎じゃおふくろさんが泣いてるよ」

「学生さんは気楽でいいやね」

 

 いつものようにイヤミたっぷりなババアどもに作り笑顔と軽い会釈でその場を離れようと……

 したつもりが、あれ? 何だ、この腹の底から湧き上がってくる熱いモノは?


「ウルセえ! ババア! いつもいつもこんなところで立ち話なんぞしやがって! てめえら早く死ね!」

 ババアに近寄り、俺はそいつらの横っ面を二、三発張り飛ばした。

  

 ババアどもはそのあまりの驚きように、ただ黙って俺を見ているだけだった。

「ちっ、俺が帰ってくるまでには死んどけよ!」

 俺の口からはまたそんな言葉がほとばしった。



 いつもの定食屋のドアを開けると、無愛想な親父がカウンターの向こうでスポーツ新聞を読みながら煙草を吸っていた。

 この親父、客を客とも思ってないようで、いらっしゃいませ、なんぞ言った事がない。

 第一、どれを食っても美味くない。いや、あえて言おう。不味い。当然店はいつもガラガラだ。

 だが、安い。だからこそ俺はここでいつも食事を、という訳なのだ。


 親父は俺に気づくとタバコを灰皿でもみ消し、スポーツ新聞から目を離し……

 たと思ったところに、俺のパンチが炸裂した!


「うげっ」

 親父はカウンターの向こうでうずくまった。カウンターを飛び越え、俺は親父に馬乗りになり

「てめえ! 客に対していらっしゃいませも無えのか。いっぺん死んでみる? ん?」

「うわぁああ!」

 親父はいきなりの俺の行為に、気が抜けた様に倒れこんでしまった。


「ちぇっ、なんだこいつ。弱いじゃねーか……」

 いつも不機嫌面で顔も怖いから、強いと思い込んでたじゃねーかよ……

 俺は勝手に冷蔵庫を開け、肉と卵を焼き、ジャーからご飯をよそって食べ始めた。


「なんだよ、自分で作った方がうめえじゃねーか」

 そんなコトを思っているうちに、気がついた親父は携帯を手にどこかに連絡をしたようだった。

「もしもし? 警察ですか? 今店に強盗が……」

 そこまで聞いた処で、俺は店にあった灯油を店中にぶちまけた。勿論親父にもたっぷりと。

 それからタバコに火をつけるみたいに、店と親父にも火をつけた。

 親父の絶叫と共に炎が立ち上がり、黒煙が充満する。

「馬鹿が! いいきみだぜ!」


 腹の底からの笑いが込み上げて来た。

 早くここからおさらばだ。

 店を出た所で、パトカーと鉢合わせした。

 遠くから消防車のサイレンも聞こえる。


 あれ? これってやべえんじゃねーの? そう思いつつも笑いが止まらない。

 警官達が俺を捕まえようと、腰に手を回したのが見えた。

 上等じゃねーか。

 俺は腰に差してあった出刃包丁を振り上げ、警官に向かっていった。


 乾いたパンパン、という音が辺りに響いた。

 ん? 痛えな。てか、熱ちいな。もしかして俺、死ぬのか?


 この時、俺の頭の中で何かがスパークした。映像が繰り返し甦る。

 俺の部屋に落ちていたアレ。あのつまみ上げ、そして窓から放り投げたアレ……

 

 ああ、そうか、あのネジ……

 アレは俺の頭のネジだったのか……


 消防車のサイレンと警官達の駆け寄る足音が、映像のBGMとなって、幕が閉じようとしていた。

 

 

 






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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい文章、構成。 [気になる点] オチが予想出来る。 [一言] 新しい作品を是非!
2019/06/06 19:39 本読み太朗
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