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殺人蜘蛛

 事件の犯人は、その殺し方から『殺人蜘蛛』という名で世間に知れ渡った。近隣の小学校は休校。中学や高校でさえ、午前中授業となり、通学路の途中に保護者や警察の監視が付くことになった。


 私はその事件の第一発見者として、何度も事情聴取を受けた。警察は何度も同じ質問を繰り返し、何度もメモを取り直していた。


 犯人はイレギュラーだ。


 だが、イレギュラーのことは言うなと、キリに釘を刺されていた。そもそも私はその事は警察に伝えるつもりはなかった。まず信じてくれないだろうし、そんなこと言おうものなら、事件のショックで記憶がなんたらと理由をつけられて病院送りにされかねない。


 だから私はあくまで見たことだけを伝えた。


「お疲れさま」


 私が教室に戻ってくると冴子がそう声をかけてくれた。


「学校まで来るなんて……。警察ももうちょっと考えてくれればいいのに」


 私はブー垂れながら冴子のもとへ歩み寄る。


「ほんと災難だよ」


 私の口からは愚痴しか零れない。


「水萌もまた悲惨な場面に出くわしたね。私感謝してるよ? 水萌のおかげでそれを見なくて済んだんだから」


「冴子まで見る必要ないもん」


 あんな思いをするのは私だけで十分だ。


「そういえば、もうみんな帰っちゃったの?」


 教室を見回して冴子に訪ねる。


「うん。授業も午前中だし、殺人蜘蛛がいるかもしれない外は怖いしね」


「冴子も帰ったらよかったのに」


「だーめ。先生が『一人では帰らないように』って言ってたでしょ? それに、前に待ってもらってたしね」


 体育でずっこけた日の事だろう。キリに会った日だ。


 あれからまだ一ヶ月と経ってないのに、ずいぶんいろんなことがあった気がする。




 バケモノ呼ばわりされて。




 殺されて。




 ほんとにバケモノみたいになって。




 バケモノを見て。




 バケモノだと知らされて。




 消える決意をして。




 バケモノの元を探して。




 またバケモノに遭遇する。




 イレギュラーはヒトを襲う。




 だからキリはそれを消す。




 私もいずれ消える。




 今のところ、私がヒトを襲う気配はない。


 でももしそうなったら、私は。


 自然と視線が下に落ちた。


「水萌、どうしたの? 難しい顔して」


 冴子が心配そうに俯いた私の顔を覗き込む。


「冴子はさ。どうしても捨てたくないものを捨てなければならなくなったらどうする?」


 怪訝な表情を浮かべ冴子は腕組みした。


「なんかまた奇妙な質問だね。なに? 水萌はそういう状況に立たされてるの?」


 そう問い返す冴子は少し不機嫌そうだった。だから私は慌てて取り繕う。


「あ、いや、なんていうのかな。今ちょっと、心理学の本読んでてさ。それで質問してみたんだけど……」


「ふーん……。それにしても、今聞くこと?」


「あ、…うん、そうだよね」


 冴子は嘆息する。


「前にも聞いたけど、もう一度聞くよ? 『なにかあったの?』」


「『なんにもないよ』」


 以前と同じやり取りだ。


「ほんとに?」


「うん」


「絶対?」


「……うん」


「誓って?」


「………う、ん」


 ずるい攻め方だ。


 問われた回数だけ、私は嘘をつかなくてはならないんだから。


 冴子は大きく息を吐き立ち上がる。


「まぁいいわ。水萌にも何か事情があるんだろうし。これ以上問い詰めても可哀想だしね」


「冴子……」


「ただし!」


 冴子は人差し指をピッと立て、私の顔に近づける。


「一人でどうにもできなくなったときは必ず相談すること」


 冴子は私が隠し事をしていると分かっている。気持ちは嬉しい。でもそれは、冴子に相談することで悪化してしまうことなのだ。だから私は。


「うん」


 嘘をつくしかない。


「そんじゃ帰ろっか。ごめんね? 警察の取り調べのあとなのに同じようなことしちゃって」


「いいよ。なんか慣れちゃったし。というか、取り調べじゃなくて事情聴取なんだけど」


「違いはそんなにないって」


「取り調べって言ったら犯人っぽいじゃん!」


「あはは、そりゃ失礼!」


「ふふっ、冴子はもう」


 私はあと何度、こうして笑えるだろうか。











 殺人蜘蛛、第一の事件から二日後。第二の事件が起きた。


 現場はなんと私たちの学校。二年生の教室で以前と同じように、無数の糸で吊るされ、体をズタズタに引き裂かれた死体が見つかった。第一発見者は、これも偶然だろうか。以前に私を図書室から連れ出してくれた篠村先輩だった。


 先輩は普段から教室一番乗りで、その日も朝早くから学校に来たのだという。教室に入る前に感じた異臭に疑問をもちつつも、教室の戸を開けると、そこには死体があった。先輩は慌てて職員室に駆け込み、教師達が死体を確認し事件発覚に至った。


 先輩達の教室は閉鎖され、それに伴い学校も休校となった。


 ちなみに死んだのはうちの学校とは縁も所縁も無いサラリーマンだった。


 それから数日後。


 私はまた屋上へ来ていた。


「殺人蜘蛛見つからないの?」


 キリは以前に大蜥蜴の出現を予測したはずだ。それで殺人蜘蛛の出現は予測できないのだろうか。


「学校内なら簡単に見つかる。でもあいつは外。簡単には見つからない」


「なんで学校だけなの?」


 キリは目を瞑った。


「それはこの間私がキリングエッジを持ってなかった話にも繋がる。……今なら話してもいいか」


 冴子たちと遊びに行ったとき、キリはキリングエッジを持ってないと言った。あの時はキリの姿が見えていなかったから私は全く気が付かなかったが、どうしてキリはキリングエッジを持っていなかったんだろう。いつどこでイレギュラーが出現するか分からないのだ。いざというときに戦えなくては意味がない。


「出現を予測する力がキリングエッジに依存するものなの。キリングエッジの本体はこの学校のどこかにある。私が持っているのはその本体が力だけを形にしたものなの。解る? だからこれはヒトを殺せない」


 なんとなく、理解はできる。


「……話が逸れた。つまり、本体がこの学校にあるかぎり、校外のイレギュラーは感知できないし、消せない」


 そんな話聞いたことない。


「どうしてそんな大切なことだまってたの?!」


 私はキリを責めた。


「ミナモがイレギュラーだから」


 しかしそう言い返されて私は固まる。


 キリにとって私は処理する対象。言わば敵なのだ。


「まだミナモを信用しきれてなかった。様子を見ながらミナモには説明していくつもりだった。だから、この話は『信頼の証』。ミナモは処理する対象だけど、信じられる対象だと判断した」


 キリは私に笑顔を向けてくれるが、私は不安だった。


 校外で冴子達が襲われても、救うことができない。私がなんとかしないといけない。


 私にできる?


「ミナモ、変なことは考えないで」


 私の心を見透かしたようにキリは鋭利な言葉を放った。


「サエコ達がそとで襲われた場合のことを考えてるんでしょ」


 図星だったので反論できない。


「多分、今のミナモなら殺人蜘蛛とも対等に渡り合えると思う。けれどそれは駄目。ヒトとしてのミナモの寿命を縮めることになる。それはイレギュラーとしての本能を呼び覚ますことに繋がる。そうなってしまったら本末転倒。ミナモの決意が無意味になる」


 それは私がヒトを襲うようになるということだ。たとえばそうすることで、冴子達の危機を救うことができたとしよう。だが、危機を脱したあと、一番に私が襲うのは誰か? その場に居合わせた人間。つまりは冴子たちである。


「はっきり言って、本体は見つけられないと思う。場所は私にも分からないから」


 それは本当に打つ手なしだ。


 私は汚いコンクリートの上に座り、腕組みする。するとキリも同じように座った。今日は晴れているのにそこはひんやりと冷たい。


「じゃあどうするの?」


「学校に呼び込む」


「どうやって?」


「囮」


「でも誰をねらうかなんて殺人蜘蛛の勝手じゃないの?」


「かもしれない」


 カクンと私は傾く。


「それじゃ囮のやりようもないじゃない」


 体勢を立て直しながら私は言う。というか、キリがボケるなんて珍しい。


「次に誰を襲うか分かればいいんだけど」


 俯いたキリは胡座をかいて腕組みして「うーん」と唸っている。その姿が思わず頬擦りしたくなるほどにかわいい。


「……なに?」


 思わずやっていたようだ。


「あ、ごめん」


 ジトッとした視線をキリは向けてくる。だがすぐに仕方ないかといったような表情になり、追求はされなかった。


「篠村先輩に話を聞いてみようか」


 とりあえずホッとして、私はキリに提案する。


「シノムラ? 学校で死体を見つけた生徒のこと?」


「そう。話を聞いたら私が見たのと何か共通点が見つかるかも」


「……確かに当たってみない理由はない、か。それならミナモに任せていい?」


「いいけど、キリは行かないの?」


「私は違う用事がある」


「そう……なんだ」


 私を見張らなくていいのだろうか。


「なにか不満?」


 私は首を横に振る。


「なら解散」











「篠村先輩、居ますか?」


「篠村って言ったらC組じゃねーの? ここA組」


 二年生だとは聞いてたけど、クラスまでは聞いてなかった。


「でもあれ、C組は殺人蜘蛛の事件があったから閉鎖して、今は二階の突き当たりの空き教室使ってるぞ。図書室の反対な?」


 この人はやけに面倒見がいいな。私としては助かるけど。


「ありがとうございます」


 一礼して私はA組をあとにした。


 話では二階の突き当たり、図書室の反対側ということらしいが。


 それにしてもこの二階というものはつくづくイレギュラーと縁があるようだ。一年生の教室は一階だから冴子たちはあまり近づくことはないだろうけど、注意しなくちゃ。


 廊下を歩いている生徒、屯している生徒達の間を縫うようにして進んでいく。そのせいか、途中で自分の足に引っ掛かるというあまりにも情けないことになりかけたが、なんとか持ちこたえ、素知らぬフリをして歩く。何人か気づいたかもしれないが、気にはしない。もう慣れた。


「失礼します。篠村先輩はいらっしゃいますか?」


「おーい篠村。面会だぞ! 女の!」


 ギョッとした空気が教室にたちこめた。なにかあったんだろうか。

「水無月か。どうかしたのか?」


 窓際で喋っていた茶髪の男の子が近づいてくる。


「ちょっとお話が……」


「なんだ? 篠村の彼女か?」


 周囲からの野次。


「ちげーよ。ここじゃ煩いから、場所移すぞ」


 篠村先輩はサクッと否定して、私の腕を引っ張る。


 そういえば、前も同じようなことがあったな。状況は全然違うけど。


「手までつないでお熱いねぇー!」


 正確には腕である。


 私は先輩に連れられて校舎裏までやってきた。裏山が崩れてきた場所だ。今は塀も完全に修復され、まるで何事もなかったようにしてそこにある。周囲と一部色が違う塀だけが、崖崩れがあったという証拠を残していた。


「それで、話しってのは?」


「あ、はい。その……、少し聞きにくいんですけど……」


 どうしたんだろう。




 すごく気分が悪い。




「なんだ?」


 先輩は首を傾げる。


「殺人蜘蛛の……」


 そう切り出すと、先輩は思いの外動揺は見せず、なるほどといった具合に頷いた。


「そういや水無月も第一発見者だっけな」


「はい。先輩も見たんですよね?」


「はは……、あれ、洒落になんねーわ」


 思い出したくもない。


 先輩の表情はそう言っているようだった。


 私だって思い出したくない。


「それで? 殺人蜘蛛の何が聞きたいんだ?」


 先輩の口調は素っ気なかった。心なしか苛立ちも感じられる。


 やっぱり触れるべきではなかったのかもしれない。


 だが、ここまで来て退く理由はない。


「私、殺人蜘蛛に会おうと思うんです」


「は?」


 先輩はしばらく動かなかった。


「おいおい冗談はよせよ」


「冗談なんかじゃないです」


「馬鹿言うな! 殺されるぞ?!」




 頭がいたい。




「大丈夫です」


「なんでだよ。根拠は?」


「ありません」


「なぁ、真面目に話そうぜ?」


「真面目です」


「怒るぞ?」


「構いません」


 先輩はそわそわと右往左往しながら頭をかきむしった。


「あー……、もう、なんだってんだよ」


「お願いします」


「水無月、悪いがそれはできない相談だ」


「どうして、ですか……」


「当たり前だろ。危ないからだ。水無月が俺の話から何を得られるか知らないが、それがもとで殺人蜘蛛にたどり着けたとして、何をするつもりなんだ?」




 吐き気がする。




「言えません」


「なんでだ?」


「言えません」


「どうしてもか?」


「はい」


 やれやれといった風に先輩は肩を竦める。


「水無月。やめておけ。こんなの警察に任せておけばいい。俺たちの出る幕じゃない」


 なんで教えてくれないの。


 私はともだちを危険にさらしたくないだけなのに。


 ただそれだけ。


 それだけなのに。


 どうして。




 なにかに押し潰されそうな気分。




 洗濯機の中にいるみたいにクラクラする。






――ぷつん……






 なにかが切れる音がした。






「どおぉぉぉぉしでぇぇおしえてぐれないんでずかあぁぁぁあぁあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛?!」


 雑音のような声が口から出る。


 前にも確かこんなことがあった気がする。


 ……そうだ、確かキリに刺されたあとがこんな感じだった。


 現状を第三者として見ているような、不思議な感覚。


 今音を出しているのは私。だけど、それをこうして冷静に見ている私は誰?


 体が動く。


 意思とは無関係に。


「ぐっ……、みな、づき……」




 私は何をしているの?




 私は何を掴んでいるの?




 私は何を握り潰そうとしているの?




 私は。




 私は。




 私は?




 私は、私だった。




 私は私で、私を私して。




 わた、わた、た、わたわ、わわ、わ……。




 わた……?






「や……め……」






 そう、これは進歩だ。




 学べ。




 その様から。




 知ることは悪じゃない。




 ヒトはそうして進化してきた。




 いや、進化など必要ない。




 知識こそ武器。




 これは必要なギセイだ。




「――――――――」


「……な、に、いっ…………て……」


 ドスンという背後からの強い衝撃を受けて、私の意識は途絶えた。

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