調査?・後編
あ、前編で区切る場所を間違えてた(今更)
後日直します。
20150128 修正済
ケロどーから程近い公園にやってきた。買ったドーナツをここで食べようということになったのだ。
街中にある公園だが、植物も多く植えられていて、大きな池もある。なので野鳥も意外と羽休めに来ている。この街も大きな街ではないのだが、駅前ともなると流石に大きな建造物が並んでおり、そこにポツンと別世界のように存在するこの公園は、憩いの場として活躍していた。
私たちは池のほとりのベンチに腰掛ける。
すると私と山崎さんの間に座った冴子が早速ドーナツの入った箱を開けた。
甘く、美味しそうな出来立ての香りが広がる。
「うんうん、美味しそう!」
それぞれが思い思いのドーナツを掴む。そして一斉に一口かじる。
「おいしい!」
「やっぱりドーナツはケロどーよね!」
「ケロッタもいいけどドーナツもいい!」
箸が……、いや、手がすすむとはこの事だ。次々と口に入れたくなる。ちなみに私が何度もドーナツを落としそうになったのは秘密です。
お喋りしながらのおやつは余計にすすみ、あっという間に最後のひとつとなってしまった。
三人の手が最後のドーナツに向かい止まる。しばらく沈黙して見つめ合ったあと、山崎さんが神妙な面持ちで口を開いた。
「ねえ、サエ。どうしてひとつ余るの……?」
冴子は難しい顔をしながらそれに答える。
「半額は最高十個までだったのよ」
「私たちは三人。十は三で割り切れないよ」
当たり前のようなことを私は指摘する。
「どうして十個にしちゃったかなぁ……」
山崎さんは冴子を咎めるように言った。
「十個まで半額よ? マックスまで買うのは当然でしょ!」
冴子はどこかの主婦のような物言いだ。
「じゃあ、この残りひとつのドーナツはいったいなんのためにここに居るんだろうね」
もちろん。
「「「私が食べるため!」」」
みんな同時に同じことを言う。
互いに見合い、再び沈黙。
「じゃんけん?」
「いえ、均等に三つに分けて」
「目方で均等とか不可能だよ」
意見三等分でもドーナツはひとつ。ドーナツはひとつでも意見はまとまらない。
冴子は自分の横にドーナツの箱を置いた。そしてこう言う。
「まずは話し合おう!」と。
争論は続く。
暖簾に腕押し、糠に釘、濡れ手に粟。
果ての無い争論。
意味の無い争論。
結論の無い争論。
やがてみんなに疲れの色が見え始めた。
「き、切りがないわ!」
「そうね、そろそろケリをつけましょう」
「そうしよう……」
「つまり今の問題は、この三人という人数に対して、ドーナツがひとつしかないということ」
「分けるという案があるけれど、均等な分配は現状況では不可能だということ」
「そしてみんな譲る意志がないということ」
結論。
「食べなきゃいいんじゃない?」
「勿体ないけど、仕方ないわね」
「意見は纏まりそうにないし、とりあえず保留で。……疲れたし」
ドーナツ騒動は、といったところで一応の収集を見たのである。
「じゃあ、このドーナツは封印で……」
と、冴子が箱を閉じようとしたとき、事件は起こった。
「……な、……ない」
「なにが?」
「最後の一個がない!!」
「えっ!?」
驚いた私と山崎さんは、冴子が震えながら持っている箱を覗き込んだ。
それは空の箱。
さっきまで誰かに食べられるのをちょこんと座りながら今か今かと待っていた可愛くて愛しいドーナツちゃんの姿はなかった。
「誰っ!? 私のドーナツを食べたのは!!」
冴子が箱をクシャリと握りつぶした。
「『私の』って、やっぱりサエは最初から譲る気なんてなかったのね!」
「私の奢りよ? これ、私がお金出したんだもん。そのくらいの見返りがあってもいいよね?」
「ちょ、二人とも、ケンカは……」
冴子と山崎さんがぬぅっとこちらに振り返った。
「まさか、水萌が犯人ってこと……、ないよね?」
「え? いや、私は……」
「水無月さんもドーナツ好きだから、ねぇ……?」
「あ、わ、私は……、た、食べてないよ……?」
ジトッとした視線が私に降りかかる。
「…………水萌はないか」
「……そうよね。水無月さん行儀いいし」
なんか勝手に納得された。
「疑心暗鬼になるのはとりあえずやめてさ、他の可能性、ないかな? たとえば落ちたとか」
「手元から落ちたドーナツは、ころころころと転がって、小さな穴にスポッと落ちてしまいました。その下ではネズミ達が……」
「そのあとお宝がもらえるならハッピーね!」
争論の間、ドーナツの箱は冴子と山崎さんの間に置かれていた。
カラスや猫の小動物がそれを奪ったという可能性は無いだろうか。……いや、それはないか。位置からして気付かないはずがない。
……蟻がせっせと、……無理か。
もちろん私は食べてない。冴子も食べたんだったらあんなこと言わないだろうし、山崎さんも必死に犯人探すあたり犯人らしからぬし。やっぱり落ちた説が有力かな。でも、いつ落ちたのか。
あ、そうだ。
「キリ?」
私は小声でキリに呼び掛ける。
キリなら何かを見ているかもしれないと思ったからだ。
『ふぁに……んぐっ……!』
「………」
『………』
今、なにを呑み込んだ。
「キリ、口の回りになにかついてるけど……?」
『そんな手に引っ掛からない。ミナモには見えてないんだから』
「見えてるけど?」
『えっ、嘘、見えないからって食べたぁ……ってない!』
一文字手前で否定できたらよかったのにね。
「……キリ?」
黙ってると思ったらそんなことしてたなんて。
『……ミナモたちが美味しそうに食べるから……』
「言ってくれたらあげたのに」
『………』
キリは黙り込んでしまった。
「まったく……」
私は嘆息する。
それにしても、キリのイメージが最初と比べてずいぶん変わってきたな。最初は本当にイレギュラーを消すだけの……、キリには悪いけど、なにも考えない道具みたいだったのに、今はこんなにもヒトらしい。いや、こんなにもヒトらしかったんだ。ただそれを私が見逃していただけ。
でもキリって、ヒト、じゃないよね?
「はぁ、疲れた……」
「口論も体力使うなぁ……」
冴子と山崎さんの口戦争は、互いの資源不足が原因で終息に向かったようだ。
「というか、もう無いものをどうするかって無駄な論争だったわ」
「確かに……」
「お疲れさま」
私は二人に労いの言葉を送る。
「働いてたわけじゃないんだけどね」
冴子は苦笑いしながらベンチにもたれ掛かる。両腕を空に突きだし、猫みたいに伸びた。
「そろそろいこっか。まだ行きたいところあるし」
ドーナツの件は完全に諦めたようだった。
「私はケロッタが手に入っただけで十分だけど」
「加奈は帰る?」
「帰らない」
この二人は本当にタイミングがいい。そりゃ、付き合いの長さでは敵わないのは分かってるけど、ちょっと悔しい。
「水萌ー、いくよー」
「あ、うん……」
ベンチから離れ、冴子たちのところへ走る。
そのとき、私はふと足を止めた。いや、止めるべきではなかったのかもしれない。止めなければ私はその凄惨な光景を知らずに済んだのだ。
だが止まらないわけにはいかなかった。不思議な魔力のようなものが働いているのだろうか。まるで磁石が引かれ合うように、私はそれに引き寄せられた。
公園の緑の中にどす黒い赤がある。それは花が咲き乱れているようにして一面に広がっていた。その花畑の真ん中に、この花を咲かせたであろう人物がいる。いや、ある。それは十字架にかけられた聖者か。有名なあの姿に酷似した形で宙に浮いている。
「あ……」
浮いているんじゃない。細くきめ細やかな無数の糸によって吊るされているのだ。体がズタズタに切り裂かれている。恐らく致命傷は左胸に空いた大きな穴。それ以外の傷は深くもなく、浅くもなく、決して死に至らない傷ばかり。喉が潰されている。ああ、恐らく助けを呼ぶことも、抵抗することすらできなかったのだろう。その顔は苦悶と恐怖に歪み、傷も相まって、もはやヒトの顔をしていない。
「あぁ……う……んっ!」
逆流しそうなのを堪え、その場に屈みこむ。
「水萌!」
冴子が駆け寄ってくる。
「来ちゃだめ!」
怒鳴るように私が叫ぶと冴子の足はピタリと止まった。
「ヒトか、警察を呼んで……」
彼らがなにかできるとは思えないけれど、これはまだヒトの管轄だ。
「キリ」
『分かってる。イレギュラーの仕業』
ギリッと奥歯を噛み締めるキリの姿が見えた気がした。
「あれは、処分できる……?」
『できない。キリングエッジを持ってないから』
「なんで?」
『事情がある』
「そう……」
私は目を瞑る。
目蓋の裏に焼き付いたその光景は当分消えそうにない。
蜘蛛の巣に捕らわれ、捕食されたエモノの憐れなその姿は。