調査?・前編
20150128 修正済
「ねえキリ。私はいつまでこのままでいられるの?」
柵の下のグラウンドを見下ろしているキリに、私は問いかける。
するとキリはゆっくりと私の方へ振り返り、後ろで手を組んで柵にもたれ掛かった。
「個体差がある。正確な判断はできない」
「じゃあもし私が突然ヒトを襲い始めたらどうするの?」
「大丈夫。兆候は見えるから、そのとき教えてあげる」
「それならよかった。ふふ」
思わず笑いが零れる。
「……なにかおかしい?」
「あ、ごめん。自分の死ぬべき時を他人から教えてもらうなんて、なんだか可笑しいなって思ったから」
今から死んでくださいなんて、現実ではまず言わないだろうし、言われないような台詞だ。そんな言葉をいつか言われる自分を思うと滑稽で仕方なかった。
「それよりキリ、冴子の話、どうしよう?」
「全く問題ない」
キリは柵から離れ、私に近づいてきた。そしてぐいっと下から私の顔を覗き込むように見上げる。
息がかかるほど、キリのその綺麗な顔は近くにあった。少しドキドキする。
「まずあの子に私は見えない。あの子はミナモしか見てないもの。あの子の中ではミナモの存在がとても大きいから」
それは冴子がそれだけ私のことを思ってくれてるということだろう。嬉しいやら恥ずかしいやらで私ははにかんでしまう。
「でも別の問題がある」
先程までと違いキリは重々しく話しを切り出した。
その重圧から逃れるように、私はキリから顔を遠ざけた。
「見つかりはしないだろうけれど、私に近づきすぎるのはよくない。無用な危険を招くから」
「危険?」
「イレギュラーに取り入られる可能性がある」
「取り入る?」
「イレギュラーからしてみれば私は邪魔な存在。なんとしても消し去りたいだろうから、そのためにサエコを利用するかもしれない。私とミナモがこうして交流していることは、向こうも知っているこかとだろうし」
「だ、だめだよそんなの! それじゃあ意味がないよ! 私は冴子たちが安全になるならと思って、消えることを決めたのに!」
「ミナモが消えたら、サエコは人質や盾としての価値をなくす。だから大丈夫」
「………」
違う。
イレギュラーはいくらでも発生する。私が消えたところで根本の解決にはならない。冴子たちの安全が確保できる訳じゃない。一時しのぎじゃだめなんだ。
「キリ!」
自然と大きな声が出た。
「大本のイレギュラーを探そう!」
キリに動揺が見えた気がした。
「な、何を言い出すかと思えば。私はずっと…、ずっと昔からそいつを探してるの。簡単に見つかるはずがない」
キリの口から出た弱気な発言に、少し苛立ちを覚える。
「もしかしたら今日見つかるかもしれないじゃない! 今日じゃないなら明日! 明日がダメなら明後日、明後日がダメならその次の日!」
私はキリを追い詰めるように足を踏み出す。キリはたじろいで後退り、再び柵に背中をあずけることになった。
「…そんな都合のいい話、あるわけない」
両腕を突きだして柵を掴む。
カシャンと柵が軋んだ。
キリの顔は私の腕の間にある。
「口にするくらいタダだよ。できるって思ってなくちゃ、できることもできなくなるよ!」
私が言いきると、キリは驚いたような視線を私に向けた。
柵から手を離し、キリから少し距離を開ける。
「…まぁ、今のは冴子の受け売りなんだけど。私は学校一どんくさいって言われてるでしょ? それでさ、落ち込むことも結構あって…。後ろ向きなこと、よく口にしてたんだ。そしたら冴子にさ、『どうせ口にするなら前向きなこと言ったら?』って言われたの」
「言霊」
キリが呟く。
「え?」
「言葉には霊が宿る。私たちが口にした言葉は、放たれた瞬間から力を持ち、実際の事象に影響を与える。解釈は色々あるだろうけれど、大体の意味はそんな感じ。ミナモがサエコの言葉で元気になれる。それがいい例」
「言葉の力、か…」
うん、なんかいいかんじ!
「ミナモの言う通り。あんなこと言ってたら見つかるわけない。今回は私が悪い。ごめん。そして、ありがとう」
キリが深々と頭を下げた。空色の髪がサラサラと揺れる。
「あ、え? いや、うん、こ、こちらこそありがとう?」
なにをトチ狂ったのか、私もお礼を言いながら頭を下げてしまった。だって、キリが私に頭を下げるなんて全く予想していなかったんだから。
「ふふ…。ミナモはやっぱりイレギュラーじゃないみたい。うん、ヒトから見ても変わってるかも」
キリが小さく笑う。
それに釣られて私も笑った。
「うん、やっぱりキリは笑った方が可愛いよ」
「……可愛い? わ、私が?」
しどろもどろといった感じで、キリはキョロキョロと落ち着きがない。
これは意外な弱点発見かも!
「じょ、冗談はよして。私はイレギュラーを消すためだけの存在。容姿なんて、私を捉えやすくするための手段でしか――」
「そうだとしても、可愛いものは可愛いんだよ」
「う……」
顔どころか耳まで真っ赤にしてキリは俯いてしまった。
「……言霊も良し悪しだ…」
キリがなにかぼやくように呟いていたが、消え入りそうな声だったので、私は聞き取れなった。
◇
翌日。
私は駅前まで出てきていた。
というのも、冴子の誘いがあったからだ。目的は幽霊の正体を探ることのはずだけど……。学校の幽霊を探るのにどうして駅前なのかという疑問がある。
「サエ、学校に出るものを調べるのにどうして駅前なんかに……?」
私の疑問は山崎さんが代弁してくれた。
「だって今回はそれとは関係ないもの」
さも当然といった様子で冴子は腰に手を当てる。
「明日から調査って言ってなかった?」
昨日の今日の話である。
「言ったけど、今日は土曜日。学校が休みじゃ入れないもの。不法侵入してセキュリティ会社に通報されるのも面白くないし」
「まぁ、そうだけど。……はぁ、変に心構えしてきた私がバカみたい」
山崎さんはやれやれと額を押さえた。
「じゃあ、今日はなにするの?」
「なにって水萌、決まってるじゃない」
冴子は前で拳をぐっと握る。
「遊ぶのよ!」
肩の力が抜ける思いがした。
「キリ…、居る?」
私は二人に聞こえないように小声で呼び掛ける。
『居る』
姿は見えないが、キリの声は聞こえた。
「こっちは当面大丈夫そうだけど」
『心配してない。どうせこの子達に私は見つけられない』
「そうは言っても……」
こんなに近くに居るから気が気でない。実はみんな見えてないフリ、聞こえてないフリをしてるだけなんじゃないかと疑ってしまうのだ。
「でもキ――」
私は咄嗟に口を閉じた。
山崎さんがジッとこちらを見ていたからだ。
「……ど、どうかした? 山崎さん?」
動揺を隠しながら山崎さんに訪ねる。
「…え? ううん。なんでもないよ。ごめんね、水無月さん」
目を擦りながら山崎さんは謝った。
「げっ、まさか水萌の後ろに幽霊が見えたとか?!」
「違う違う。目に塵が入っただけよ。まったく目敏いなぁ、上野さんは」
「よく見てると言って欲しいわ」
「どうだか」
二人のいつものやり取りが始まったところで、私はまたキリに話しかける。
「山崎さんはノーマークだったけど、大丈夫?」
『……大丈夫…、じゃないかも知れない』
「えっ?!」
思わず大きな声を出してしまい、冴子と山崎さんが同時に私を見た。
「あ、ごめん。…あそこのドーナツ屋さんが半額祭を開催してるのを見てつい」
うまい具合に理由を見つけられたものだ。そしてよく舌が回ったものだ。自分のどんくささはよく知っていたから、我ながら感心してしまう。
「そうよ! それなのよ! 第一の目的はあれなのよ! 流石水萌は分かってるわ!」
冴子は私の両手を握るとブンブンと上下に振る。思いっきり振るもんだから、私の体まで釣られて上下する。
「サエ、やりすぎ」
私がクラクラしだしたところで山崎さんが止めてくれた。
「あっと、ごめん水萌」
「う、う…ん…」
脳ミソが揺れてるみたいで気持ち悪い。
フラフラしているところを山崎さんが支えてくれた。
「大丈夫? サエって加減知らないところがあるから」
「いやいや、面目ない。お詫びにドーナツ奢るからさ。許して水萌」
拝むようにして冴子は謝った。
「うーん。奢ってもらえるならいいかな」
少し元気が湧いてくる。
「んじゃ行こう行こう!」
冴子が先頭を切って歩き出す。
私と山崎さんはその後ろを苦笑いしながらついていった。
「キリ」
歩きながらまた小声でキリを呼ぶ。山崎さんには少し気を付けながら。
『ヤマサキサンは、もしかしたら敏感な体質かもしれない』
「敏感な?」
『前に言ったけど、学校以外での私の存在の優先度は極端に低い。学校では私のことがちゃんと見えてるミナモも、今は私の声しか聞こえてないでしょ?』
私は頷いた。
『さっきのヤマサキサンの仕草は、明らかになにかを『見た』ような様子だった。瞬間的にピントが合っただけだとは思うけど、本人が意識し始めれば、街中でも私が見えてしまうかもしれない』
「でも、見えたら見えたでいいんじゃない?」
『彼女たちを危険に晒してもいいなら』
淡々とキリは言う。
「……ごめん」
利用される可能性があるから見つからないようにしているんだった。いろいろ考えていると、時々わけが分からなくなる。
あとで一度、物事を整理しておいた方がいいかもしれない。
キリと話しているうち、私たちはドーナツ屋の前まで来ていた。
そこには、女の子や女性、そしてちょっとの男性陣の長蛇の列。その列は、隣の隣のそのまた隣の隣の建物をこえて続いていた。予想はしていたけれど、予想以上の長さだ。私たちはその最後尾に並ぶ。
『ケロッタンどーなつ』、通称『ケロどー』は、今大人気のドーナツ屋だ。カリカリふわふわもちもちした食感の、カリふわもちドーナツという商品が大当たりして、ケロどーの人気に火がついたという話は記憶に新しい。
当初は見向きもされなかったケロどーマスコットの『ケロッタ』も、今やそのキャラクターグッズが品薄になるほどの大人気っぷり。ちなみに、ケロッタはオーソドックスなドーナツの形に丸を二つつけたら完成するカエルをモチーフとした落書きみたいなキャラクターだ。
「これ、中で食べてる余裕はないかな」
「持ち帰りでさっさと離れましょ。別に何処でも食べられるし」
もう私たちの後ろに列ができている。
いくら半額セールと言っても並びすぎな気がする。
「あ、来た……。けど、微妙な位置かな……」
冴子の視線の先には、何かを順番に配っているケロどーマスコットのケロッタの姿。どうやら紙のようなものを並んでるヒトに渡してるみたいだけど。整理券かな。
やがてケロッタは私たちのところまでやって来た。冴子、私、山崎さんに紙を渡したところで、ケロッタの手持ちの紙が無くなった。ケロッタは私たちの後ろの列に何度も頭を下げ、そのあと一枚のプラカードを掲げる。
『500個限り 限定仕様ケロッタキーホルダーは好評につき終了しました』
後ろからブーイングの声が聞こえてくる。
なるほど、これがこの蟻の行列の理由か。
「ギリギリセーフね」
冴子が額を拭う仕草をしながら、引換券を染々と眺めている。
「これで加奈だけ行き渡らなかったらもっと面白かったのに」
「そうしたらサエのを殺してでも奪い取る」
山崎さんの目は本気だった。表に出さないけれど、隠れファンなのかもしれない。
「あらやだこわい」
といった具合でまた二人のいつものやり取りが始まった。
「んっふっふ」
山崎さんは手にいれたケロッタキーホルダーをニヤニヤとやや気味の悪い笑顔で眺めていた。
「そんなに欲しかったんだ……」
やや呆れた表情で冴子は言う。
「まさか加奈がケロッタマニアだったなんて、付き合い長いけどはじめて知ったわ」
「別にマニアとかそんなんじゃないから! ただ、ケロッタをこよなく愛するが故に数多のグッズを集める数多くの人々の中の一人ってだけ!」
否定するように山崎さんは言うけど。
「そ、そういうのを、マニアって言うんじゃ……」
山崎さんが笑顔で無言の圧力を私に向けてくる。
「ご、ごめん…」
私はその圧力にあっさり負けてしまった。
『……多分、これでヤマサキサンは大丈夫』
突然後ろからキリの声がしたので、小さく悲鳴をあげそうになった。
「…どうして?」
なんとか堪えてキリに訪ねる。
『ヤマサキサンには、今あの奇妙なカエルしか映ってない』
「奇妙なって……」
確かにそうではある。
私は苦笑した。
「でもそうならとりあえずは大丈夫だね」
『だといいんだけど……』
キリはまだ不安を払拭できていないようだ。
「とりあえず場所移動しよっか。あぶれた人たちの視線が痛いし」
不満そうな顔のヒト達が私たちをじっと見ていた。私たちは限定ケロッタキーホルダーをギリギリ手にいれられた。言わば、ここは天国と地獄の境界線で、私たちは一番地獄に近い位置にいる。殺気にも似た刺々しい空気をを感じる。ケロッタマニア(本人は否定しているが)の山崎さんの発言もあるし、離れた方が無難そうだ。
この時、私は気付くはずもなかった。
この刺々しい空気に紛れ、本当に殺気を送っていた者がいようとは。